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『BLUE GIANT』ピアニスト・沢辺雪祈の物語

音楽にそれほど興味がない人でも「ジャズって、すげー!」と感じさせる圧倒的迫力を持った本作。先日、物語の構造を確認しながら2度目を視聴した。そして、このストーリー展開はピアニストの視点に立つと色々腑に落ちることに気づいた。
少し調べたらそんなスピンオフ小説があるようだし、それを読んでからの方が深い感想を書けそうなのだが、まずは私自身の印象で本作を語ってみたい。(少しだけネタバレあり)


物語の基本構造

いつものように本作の基本構造からみていこう。これは主人公・宮本大が世界一のジャズ奏者を目指す「金の羊毛」ジャンルの物語だ。必須3要素の設定は、

1.
 故郷を離れて東京に出て、世界一のジャズ奏者を目指す日々

2.チーム
 テナーサックス・宮本大、ピアノ・沢辺雪祈、ドラム・玉田俊二の3人で結成したジャズバンド「JASS」がこの物語のチームだ

3.報賞
 主人公の最終目標は「世界一のジャズ奏者」だが、本作で描かれた範囲に限れば、チーム「JASS」で国内最高峰のジャズライブハウス『SO BLUE』に10代のうちに出演することが報賞にあたる。
そして、目標とする報賞を手に入れられるかどうかに関わらず、本当に大切なのは物語を通じて築き上げた仲間との絆という結論になるのがこのジャンルの定番のストーリー展開だ。

本作は主人公が1人でサックスを吹いているシーンから始まる。ネコを見かけた彼が、

  • お前も1人なのか?

  • そっちに仲間がいるのか?

と語る箇所に物語のテーマが提示されている。視聴者に伝えたいメッセージは明確だ。1人のサックス愛好者にすぎない宮本大が「世界一のジャズ奏者」という目標を達成するには仲間が必要なのだ。

宮本大
(『BLUE GIANT』映画公式サイトより)


映画の真の主人公は誰か

主人公は物語の開始当初、いつくかの課題を抱えている。本作の宮本大は、

  • 「世界一のジャズ奏者になる!」と明確で高い目標を掲げているが、それは抽象的過ぎる目標でもある

  • どうすればその目標を達成できるのか、具体策を持っていない

という状況だ。
実はこれは先日紹介した『宇宙よりも遠い場所』の主人公・玉木マリとそっくりそのまま同じだ。ジャズに打ち込む話と南極を目指す話。見かけのジャンルは異なるが、どちらも「金の羊毛」物語なので、こんなことが起こる。そして、この設定の一致は偶然ではなく、ストーリーテリングの原則に沿ったために起こる必然だ。

ところが、本作で宮本は情熱的にサックスを吹き続けているだけで物語が前に進んで行き、そこに大きな葛藤が存在しないようにみえる。葛藤がないため、彼の人間的な変化や成長を感じ取りにくい。
これはおそらく、原作にはあったいくつものエピソードが映画では省略されているからではないかと思う。(ただし、私は原作未読なのでわからない)そのため宮本は主人公らしくないキャラクターになってしまっている。

では、本作で葛藤を抱えて苦悩し、それを乗り越えることで変化し、成長した主人公らしい人物は誰だろう? そう、ピアニストの沢辺雪祈だ。

沢辺雪祈
(『BLUE GIANT』映画公式サイトより)


映画の内容に限って論じるなら、彼が主人公の定義に最も合致している。
これに気づいたとき、この作品に登場する人物関係の設計図が頭の中に浮かび上がった。

ピアニスト視点に立つ

以下、私の独自解釈だが、ピアニスト・沢辺雪祈を中心に据えて、彼を取り巻く登場人物との関係性を整理すると次のようになる。
物語の開始当初、沢辺は様々な課題や欠点を抱えている。そんな沢辺が周囲の人物と触れ合うことで悩み、苦悩し、その先に学びを得て成長していく。そのストーリー展開の根幹にあるのが下図のキャラクター設計図だ。

沢辺のキャラ設定と周辺の人物の役割

沢辺は4歳の頃からピアノを演奏しており、JASS(沢辺、宮本、玉田)の中ではもっとも音楽歴が長い。彼は宮本と出会い、その才能の大きさに圧倒されている。また、初心者とバカにしていた玉田が真剣にドラムに取り組み、日々成長していく様子にも焦りを感じている。
これは長く音楽に取り組んできた沢辺が自分自身の才能と今後の成長余地に疑問を感じていることの対比になっている。

また、沢辺はジャズバンドでの成功を焦るあまり小手先の演奏技術でライブに臨んでしまっていることを自覚していなかった。それをに厳しく指摘され、大きな挫折を味わう。
その挫折を乗り越え、新境地を開くきっかけとなったのが、子供の頃に実家のピアノ教室で一緒に学んだアオイとの思い出だ。

  • アオイはいつも楽しそうに演奏していた

  • 自分に欠けているのはピアノを楽しむ心だ

それに気づいたとき沢辺はそれまでの殻を破って劇的に変化し、大きな成長を遂げた。ここは物語のクライマックスにしてもよかったほどの名場面だと思う。

映画『BLUE GIANT』より

他にも、沢辺は金の羊毛ジャンルの物語につきものの「道端のリンゴ」にも関わっている。しかも本作にはそのリンゴが2回も登場し、2回とも沢辺の身に降りかかっている。

その内容の詳細に触れるのは省略するが、こうして振り返ってみると、これはピアニスト・沢辺雪祈の物語だった。そして、「ジャズって、すげー!」と思わせてくれる素晴らしい物語だった。間違いなく傑作。おすすめである。


参考情報

本ブログで使用している物語のジャンル名(「金の羊毛」「バディとの友情」など)は下記エントリーで紹介しているので、興味があればご参照ください。

https://note.com/momokaramomota/n/n59516100fd93


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