潔く踵を返す彼女の明瞭な輪郭。
朝の道で駅に向かう途中、マンションから美しい姿勢で出てきた女性はしばらく私の前を歩いていたが、流れるように踵を返し、来た道を戻っていった。
何かしら忘れ物に気づいたのだと思うが、ハタと立ち止まるとか天を仰ぐとかそういう動作を一切はさまずに、駅へ向かっていた速度のまま道を逆行してきたので、一瞬ギョッとしたが、すれ違う頃には驚きが感心に変わっていた。
私だったらたっぷり5秒は立ち止まって、何とか来た道を戻らなくて済む方法はないかと思い悩むだろう。
私にはない決断力を持ったその女性をイカしてるとは感じたが、何となくおっかないような気もした。
もし知り合いだったら、私の優柔不断ぶりなどを無言のうちにずっと批判されているような気になるのではないかと思った。
そもそもこういう自嘲的な想像を、まず見透かされて眉根をひそめさせてしまうだろう。人の本質を見抜く力にも長けていそうな感じだったし。ああ、こわい。けどイカしてる。
などと思っていたらもう駅だった。
自虐的妄想に没入している間に暑さを忘れて駅まで着けて、得したような気分だった。
忘れ物を取りに戻った女性のおかげで、私は彼女のような個性と対照的である自分を再認識した。そして、彼女のような颯爽とした態度に憧れがあるのだと改めて気づいた。
夏の陽射しの作るコントラストのような、価値観の輪郭が明瞭な個性というものに、私はそれはもうくっきりと憧れているんだ。