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またあの劇場で(その②)~home、光、ネット、これまでとこれからのこと~

先日、旅芝居の劇場がひとつ閉館しました。
新潟にある、友人のhomeのような劇場でした。
ここ数年危ないとは聞いていたのですが
先日突然劇場前に一枚の貼り紙、
この貼り紙一枚で終了したそうです。
コロナが決定打となってしまった。
私は行ったことのない劇場なのですが、
すごく落ち込んでしまいました。
ああ、遂に、と。
どうかこれに続いて他の劇場も……とならないように、
と、考えていたら、またつらつらと書きたくなったのでおいておきます。
思い出したことや思うことや、劇場たちのこと、
と、なんかちょっとネットのことも。
相変わらずだーっとやから読みづらいと思いますが、
お付き合いいただけたら喜びます。また後から書き直したりもするかもやけど。

こんな時に思い出すのは大阪にあったとある小屋のことです。
最後の日、私は劇場の従業員さんに言いました。
「すごく残念です。好きだったのに。めっちゃ通ったのに……」
あほでした。本音というかいい話が返ってくるんじゃないかな、と思った。
しかし彼はじろっと私をみました。上から下までじぃっと。
言葉にはしなかったけれど言われているようでした。
「そんな言うほど来てないやん」「お前はこの小屋に何をした?」
めっちゃ通った、というのは嘘やないねんで。
でも毎日とかじゃないし、当時追っていた役者や劇団が公演中の時だけでした。
とても好き嫌いが激しかった。傲慢でした。
好きな舞台が観たい。
つまり……好きな役者が観たい、好きな芝居の演目が観たい、好きな劇団が観たい、
そればかりというかそれだけだった。
それ以外のことを考えなかった、考えもしなかった。
劇場の現状だとか、守ろうとか残そうとか、
お金を落とそうとか、支えようとか、動く以前に思いもしなかった。
口では「この世界が好きや」「この劇場が好き」と言いながら自分の好きなものが好きなだけやった。
そう、私はお客さんしかしていなかった。いやお客さんなんやけど。
いや、いいねん、お客さんやねんから。お客さんでええねん。でも……。
そうして劇場はなくなった。潰された。もうありません。
今もあの目は私の中にトゲのように刺さっています。

これまで私にはhomeといえる劇場がありませんでした。
しかしここ最近、出来ました。
勝手に、やけど。てか、旅芝居とちゃうねんけど。
大好きな方を初めて観た劇場です。
ちょっと独特特殊な世界(悪い意味ではない、むしろ逆の意味)の
今や日本では数少なくなった中のひとつです。
でもその中でもめっちゃ綺麗だったり
めっちゃ設備が整っていたり
めっちゃアットホームとかではない(そんなことはないと思うけど)。
勿論それぞれにええとこと「ん?」なとこがあって、
どこが一番とかは絶対ないねんけどね。
SNSにも設備等がアレレあららなことを書く人がいる。
うーん。そんなん書かなくてええのに。でも事実は事実。
きれいで居やすくて観やすくてっていう劇場は他にあるし、
舞台に立つ側の人にとってもやりやすい居やすいみたいな劇場は他にもあると思う。

でも、でも、私にとっては特別で大事な劇場です。
「また帰ってきてもらえるように」「なくしたらあかん」という気持ちからちょこちょこ通ううちに
いつしか常連さんや従業員さんやいろんな人に仲良くして頂けるようになった。
「おはよう」「お疲れさん」
「今日遅いやん」「ひさしぶりやな」
「はよ帰ってきたらええな」
最初は「おっていいんかな」と思っていて、今でも思うのだけれど、
なんだか仲間みたいにしてもらえるようになって、
そのうちにはいつの間にか一見さんからも声かけられるようになったり友人が出来たりして。
(まだまだビギナーな私なのに!)
いろんな劇場に追っかけに行っていろんな人に出会えて仲良くして頂き、
いろんな劇場の素敵さを知り楽しくなると同時に、
やっぱりここも好きやなーと思うようになりました。

正直ツッコみどころが多い劇場です。
はっきり言って、うん、正直めっちゃ苦しいねやろうな、と思います。
正直、めっちゃ「大丈夫かな……」な小屋です。
でも、だから常連さんたちが守ろうとしている、
その背中たちを見せてもらい、学ばせてもらってきました。
ひとつでも劇場が減ったら皆が悲しむ。
悲しむなんてもんじゃない。生きていけなくなる。
いろんな舞台をみて、いろんな人(舞台に立つ人も観る人も)の人間模様に触れて
この業界?ジャンル?の素敵さをたくさん知った。
好きな人だけじゃない、いろんな人……
舞台に立つ人もそれを観る人支える人皆が好きになって、
自分のことも好き(?!)になれた。
私にとってはきっかけのような劇場なのだと思います。
だから彼女だけじゃなく皆の場所のうちひとつとして、
大事にしたいと通うようになりました。

勝手にhomeみたいなここも、
そしてすべてのこのジャンルの劇場も、
そしてこのジャンル以外のさまざまな劇場……
みんなにとって大事な場所であるそこ。
今回のことで、どうなっていくのか、正直まだわかりません。
守ろうと皆が足を運んでいたもの(ジャンル・劇場)が
人と人との距離が近づくことが問題である今回の厄介なヤツのせいで、
足を運ぶことすら出来ない、
そのこと自体が潰すきっかけとなるというのが悔しくてなりません。
各地で今これからあけていくのかな、うん、せやな。
(偶然ちょうど書きかけの文アップするのが今日になった)
でもどんな形でどういう風にというのは様々かもしれませんし、いろいろ大変、かつ、難しいことやなあ。
何が正解なのかはわからず、正解なんかないんかもと思います。
アフターコロナ(え?終わらない?!)の劇場と劇場文化は
変わってしまうのかもしれない。いや、変わるんやろう。
きっとこれまでと全く同じということにはいかないのだろうなあ、とは思います。
でもなくならないよね。ね。なくさせないよね。なくさせないよ!もう!これ以上!
劇場はなくなってほしくないし、なくなってはいけないと思う、先日も書いたけど。

私がhome(と勝手に思っている劇場)、
何が好きかっていうとね、
ステージに立っている人がまるで光の道を歩いているように見えることやねん。
鏡張りの、暗い中を、一筋の光が射し、
踊り終わった人が去ってゆく、光の中、胸を張って、光の道を。
客席のお客さん(私を含む)は
しあわせな、でも、切ないような気持ちで観る観守る、
気持ちひとつになりながら。
勿論、他の劇場でもそうやねんで。
でもここの暗い暗い中、スモークの中、
照明がぱぁっと、
独特の雰囲気の小屋の広いステージの長い花道に、光の道を作る瞬間の、
幻想的な様はなんだかえもいわれず圧倒されて、毎回いつも心を持っていかれるのです。
うっとり、ほぉ、とか、ほわぁ、とかなるのです。
(特に大好きな方のときは……ってしつこいな!笑)
なんだかこの世のものと思えないような幻想的な、
でも観るのはめっちゃ俗な私たち、決して聖者でもなんでもない素敵に俗な私たちやねんで(笑)
決して整ってもないきれいでもないここで、芸術やけど芸術じゃない、芸術じゃないけど芸術なそれを。
なんかもう、うわぁやん、素敵やん。(なんやねんそれ笑)
そして、そのステージが終わると、
さっきまでステージに立っていた人が
幻想から戻ってきたようにワーイ!はーい!こんにちはー!こんばんはー!な笑顔で出てくる(笑)。楽しい。
再開はいつかまだ決まっていない??ようで、
ちょっと特殊な中さらに特殊やから(もっかい言うけど悪い意味ではない)どうなるのかな、と思います。
ちょっと前までは気になって心配で心配で、
マジでここのことといろんな劇場のことと皆のこととジャンルのことずっとずっと考えてた。
待つことしか出来ない。そんなん悔しいけれど。でもそれしか出来ない。
自分に出来ることを考えたりやったりしながら。もっといろんなこと勉強しながら。
成長?!しながら。いや、とにかく生きながら。
ネット(SNS)も楽しいね。
ネットの力や出来ることも、っていうか出来ることって、ほんま、すごいね。
すべてを肯定する気はないし、苦手やなと思うも多いし、使い方だってたぶんむずかしい。
でも、今、ネットの力や出来ることの面白さ楽しさ(だけじゃないけど)を含め、
すごさと力を改めてめちゃめちゃ感じています。
ってことは次にふんわり書こうと思うのですが、
これも大好きな方から最近毎日学んでいる、もとい、Happyにしてもろてることです(またそのオチかしつこい、って言わんといて。笑)
Realやliveな「劇場」たちを渇望しているけれど
今こうなっていろんな皆にいろんなことを気付かせてもらっています、ありがとう。
また皆でさまざまいろんな劇場の光の中に入れますように、みれますように。
Love(関係ないけど言いたいだけ。終わり方がわからんかったのでごまかし。笑)

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↑関係ないけど、関係なくないけど、これきのう届きました。かわいい。祈る。

ちなみに冒頭で書いた劇場は【この過去記事】
私が最後に観た舞台は4年前に若くして急逝した座長の女形『なめとんか』でした。

【その③】もアップしました。【その①】と合わせて楽しんでいただければ嬉しいです。

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momo|桃花舞台
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