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90歳になっても
恩師は90歳。
先生とは、年に1~2度、お昼に食事をするのが恒例となっています。
駅で待ち合わせ。快速急行から降りてきた先生は、背丈がすこし小さくなっていた。耳も聞こえにくいようで、改札口で待っていた私の声は先生に届かない。
あたりを不安げに見まわしている先生に気づいてもらえるように、体いっぱいに大きく手を振ってみるけどダメだ。先生には気づかれないのに、ほかの乗降客に、いぶかしい眼差しを向けられてしまった。
が、そんなことは気にしていられない。先生と目が合うまで必死に手を振り続け、ようやく気付いてもらえた。
にっこりと、今までと変わらないやさしい眼差し。
あと何回こうしていられるんだろうと思うと、せつなさがこみあげてくるんだけど、さすがにそれは悟られないように満面の笑顔で出迎えた。
予約していた和食のお店までの道のりでも、着席してからも、先生はとめどなく近況を話しつづけ、私は、うんうんと相づちを打ちながら先生の話に耳をかたむけています。これは私たちのいつもの情景。
先生には、二十歳の時から約20年、茶道と華道を教わりました。今ではすっかりお点前を忘れているし、お花を一輪も飾っていない無精者ですけど。
母との折り合いが悪かった私にとって、お稽古だけでなく、世のなかのこと、大人としての振る舞いなど、人として大切なことはすべて先生から学んだような気がしています。
先生は、ご主人と一人息子さんをすでに見送っていて、一人で暮らしておられます。耳が遠くなったものの、いまでもパソコンやスマホを使いこなし、何でもかんでも一人でこなせる超現役のスーパー老人なんです。
お食事だって、私と同じ量をペロッとたいらげてしまうほど。
ほんと、柔らかい物腰でありながら、芯の強さがあるすてきな人。
自分の90歳は、想像もつきませんが、背中を見せてくださる先生の存在は大きくて私の輝く標。いつまでもお元気でいてほしい。