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薬膳空想物語 『七十二候の食卓』

立春「黄鶯睍睆 ~うぐいすなく~」  二皿目


この立春を過ぎたうららかな日に
偶然、ウグイスの鳴き声を耳にしたときは不思議と穏やかでやさしい気持ちになる。
年の最初に聴くウグイスの声を「初音(はつね)」というらしい。
そして、この季節あたりに生まれた由来でわたしの名前も「初音」だ。

せっかくの誕生日あたりのこの時期は、毎年ながらなんだか憂鬱だ。
仕事も忙しくてやることいっぱいで、でも考えたくない。
なーんにもしたくない。ずばり無気力。
先日やったプレゼンも失敗した。言いたいことが声に出てこなかった。
そんな自分が嫌になって、小さなイライラの種を抱えてしまっている。
まぶたも痙攣してピクピクしているのは睡眠不足もあるのかもしれない。

忙しさにかまけて、コンビニで簡単に買って済ましてばかりの毎日。
ちゃんと食べなきゃと思いつつも、何もしたくないから闇雲に高カロリーな偏った栄養だけをただ身体の中に入れていく。
ふと気づくと、整えたばかりの爪が割れていた。

なんだか切ない感情がこみあげて、ギブアップの白旗を上げた。
そして思い切って有休を取った。

500mほど歩いた先の八百屋は段ボールごと果物や野菜を売っている。
春の野菜たちが賑やかしげに並んでいる。この時期は柑橘類も豊富だ。
ポンカン、八朔、伊予柑…。主にここより暖かい土地から来た子たち。

酸っぱいものが身体の底から欲しているのを突然感じた。
そうだ、伊予柑のサラダ。
作ったことないけどやってみよう。

ちょっと苦みがある春菊をよく洗って、水気を切って食べやすい大きさにちぎる。
春菊は食味(※)は辛甘。食性(※)平。どうやらこの子は身体を冷やさず中庸に整えるらしい。帰経(※)は肝・肺。この底知れぬイライラも肝がカバーしてくれるのでこの爽やかな苦みの力で鎮めてくれるかも。今のわたしにもってこいの食材だ。

そして春は酸っぱいものがいい。
伊予柑を丁寧に皮を取り、房から出して食べやすい大きさに。
いつもの自分なら面倒くさくてやらないけど、二・三日のお休みだから心に余裕がある。
食味は(※)甘酸。食性(※)微温。帰経(※)は肺・脾。
柑橘類は全般的にストレス解消にもいいし、この滞った気分もすっきりさせてくれる。

やる気の無さをカバーしてくれるスライスアーモンドもたっぷりトッピングしてみる。
香ばしさが加わって、いい風味。
白ワインビネガーとオリーブオイル、いただきもののハーブソルトで簡単ドレッシングを作る。
なんだかおしゃれになってきた。やればできる自分を褒めてみる。

夕飯のひと皿に加えた「春の憂鬱吹きとばしサラダ」。

すっきり気持ちも新しくなったような気がする。


春の始まりのウグイスの、恐る恐るの「ピョロピョロケキョケキョ…」の声も、日を追うごとにはっきりと、「ホーホーホーケキョ!」と次第に自信に満ち溢れてくるような鳴き声になっていくだろう。

そしてわたしも。




※食味:酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味([かんみ]塩からい味)を五つに分けたもの。
※食性:熱性・温性・平性・涼性・寒性と食物の性質を五つに分類したもの。
※帰経:生薬や食材が身体のどの部分に影響があるかを示したもの。ここでいう五臓は「肝・心・脾・肺・腎」の事だが、単に臓器の働きにとどまらず精神的な要素も含まれ、ひとつひとつのにわたる。

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ももの木
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