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薬膳空想物語『七十二候の食卓』

~はじめに~
日本人ならば、二十四節気という言葉を少なからずどこかでは聞いたことがあるでしょう。
もともとは古代中国で作られて、季節の移り変わりをあらわす指標として農業で重宝されてきました。
太陽の運行をもとに、一年を二十四に分けたのか「二十四節気」で、旧正月の暦から始まり立春、雨水、啓蟄…と続く。
そのひとつの節気を更に三つに分けたのが「七十二候」。
四季がある日本で、暦の美しい言葉とともに不思議とその通りに移りゆく自然の変化、
そして芽吹き、育つ旬の食材たち。
薬膳という、いわゆる食べて整うごはんと、
日本のよき季節を感じる、どこにでもあるちいさな日常の物語を一皿ずつ綴ります。

立春

魚上氷~うおこおりをいずる~  三皿目

冬の間、じっと水底にかくれていた魚たち。
東北地方のわらべ唄「どじょっこ ふなっこ」の一節でもあるように

春になれば しがこもとけて どじょっこだのふなっこだの 夜が明けたと思うべな
(どじょっこ、ふなっこ/作詞 豊口清志 作曲 岡本敏明)

この「しがこ」とは氷のことである。
春の陽光を感じ始め、そろそろ様子を伺うかのように頭を水面から出して上がってくる。
水温が温かくなるとともに餌を求めて、歳時記どおり浅場をゆらゆらと回遊しはじめる頃。

氷が張る日もあれば、解ける日もある。
日本の気候が織りなす陰と陽が静かに移ろいでいく季節。

目下の人間界は、そろそろ花粉に悩まされる時期でもあるのは昨今の切ない諸事情でもある。


春に出てくる症状は風邪(ふうじゃ)と呼ばれる東洋医学の「六淫」(※1)の一つが符合されているといわれている。
いわゆる咳や鼻水を発症するかぜの症候とは異なって、ふわふわと軽い性質をもって、急に現れたかと思えばすぐに消失したり、出現する場所があちこちに移動したりして、症状の種類や程度、部位に変化がおこりやすいとされているらしい。
春がくるのはうれしいけれど、なんともやっかいな季節…。
海や川の中で彷徨う魚になりたい。


近所のスーパーで牡蠣(※2)を手に取る。
果物コーナーにあった檸檬(※3)もおいしそうだ。
どちらも旬の素材だ。

そうだ。今日はパスタの気分。

牡蠣はからだを潤して血を補い精神を落ち着かせる作用があるようだ。
「海のミルク」とはよく言ったものだ。とても栄養価が高く亜鉛の他マグネシウムや鉄やタウリンなども含まれていて慢性的な疲労や不眠にいいらしい。
檸檬のビタミンCを合わせることで更に亜鉛の吸収も高めてくれるらしい。完璧な食材だ。
そして三陸産の牡蠣は何より美味しい。

フライパンにオリーブオイルを入れる。
つぶしたにんにく、鷹の爪を程よく入れる。
牡蠣は事前に片栗粉をまぶして軽く揉み、流水で流し汚れを取る。
牡蠣をフライパンに入れてにんにくや鷹の爪を入れて白ワインを入れ一分ほど蒸し煮にする。
好みの硬さにゆでたパスタを投入。ゆで汁も少し加えて。
仕上げに絞ったたっぷりの檸檬汁を入れる。

ぷりぷりの牡蠣がいい塩味を含んでいるから味付けはシンプルでこのままでもいい。
美味しいのは間違いなし。
なんだか憂鬱な花粉症も忘れるくらいだ。


なんだかんだいって
やっぱり、人間界で生きていられるのがいいな。


※1 東洋医学では、病気の原因を「外因・内因・不内外因」の3つに分けます。外因のうち、気候の変化などの外部から病気を発病させる要因を「外邪」といい、「外邪」の性質を6つに分けてこれらの「六淫」と呼びます。
・風邪(ふうじゃ)・湿邪(しつじゃ)・暑邪(しょじゃ)・火邪(かじゃ)・燥邪(そうじゃ)
・寒邪(かんじゃ)季節や地域などの環境によって、強く影響する邪気の種類が異なります。
※2 牡蠣 五味:甘/鹹 五性:平 帰経:心・肝・腎
※3 檸檬 五味:甘/鹹 五性:平 帰経:肺・腎
五味:(酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味([かんみ]塩からい味)を五つに分けたもの。
五性:熱性・温性・平性・涼性・寒性と食物の性質を五つに分類したもの。
帰経:生薬や食材が身体のどの部分に影響があるかを示したもの。ここでいう五臓は「肝・心・脾・肺・腎」の事だが、単に臓器の働きにとどまらず精神的な要素も含まれ、ひとつひとつの意味は広義にわたる


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ももの木
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