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唄うoffice

今日も重たいドアの向こうで、件の唄が始まる。

前奏はいつも出社の早い私。ウォーターサーバーのくぐもった水音から唄い出しだ。座席についてMacBookを開く。Windowsには無いキーの軽さが寝ぼけて絡まる指先に優しい。通勤時間の割にオフィスが静かなのは、本線までに副道を挟んでいるからだろう。忙しい音を少し遠くに押しやって、手元のキーが心地よく沈み軽やかに笑う。

ぽつりぽつりと奏者が小さなオフィスに訪れ始め、次第に盛大な合奏曲となる。至る所でEnterキーがドスンと沈み、シンバのような音を響かせる。すかさず入るソプラノのクリック音。テンキーがビートを刻み始めると、音楽に奥行きが生まれる。
おしゃべりなモニターは絶えず話しかけてくるので、向き合い続けるのは少し疲れる。背もたれに沈んで距離を取ると、オフィスチェアが「僕も疲れているのだ」と短い悲鳴をあげた。

次の一手に奏者たちが悩むころ、ここぞとばかりに電子機器たちのバックコーラスが声を上げる。そして時々空気を変えるように、電話機が勢いよく弾けるのだ。

ここは、仕事道具のオーケストラの小さな会場。最近は、メインコーラス”Jキー”の調子がどうも悪いようで、私は少し心配している。

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