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河鹿(かじか)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]

諸国に「かじか」とさすもの品類すくなからず。あるひ  はうを、或は かわず なりともいひて、ひとの口には となふといへども、たしかに「かじか」と云名を古哥こか、又、古き物語ものがたり等に見ることなし。ただ  連歌れんが季寄きよせ温故おんこ日録じつろく』に「杜父魚とふぎよ」「カシカ」としてなんの仔細しさいも見へず。八目のいだせるを見るのみなり。

其余そのよ、又、俳諧はいかひ季寄きよせとうに、近来きんらい 注釈ちうしやくを 加えし物をいだせしに、『三才さんさい図絵ずえ』などの俗書ぞくしよのつきて「ごり」「石伏いしぶし」などに決して古書物語こしよものがたり とう引用ひきもちゆるにおよばず。

又、貝原氏かいばらうぢ大和本草やまとほんさう』の「杜父魚とふぎよ」のせうにも「河鹿かしか」として古哥こか にもよめりといふは、まつたふであやまりなるべし。あんずるに「かじか」の名目めいもくは  これ  俳諧師はひかひしなどの口ずさみにいひはじめて、おそらくは寛永くわんゑい前後の流行なるを、西行さいぎやううたなどゝいへるを作りいだして人に信ぜさせしにもあるべき。

※ 『温故おんこ日録じつろく』は、江戸時代前期に書かれた連歌作法書。筆者は杉村友春。
※ 「三才さんさい図絵ずえ」は、『和漢三才図会』のこと。江戸時代中期に編纂された日本の類書。編纂者は寺島良安。
※ 『大和本草』は、江戸時代中期に編纂された本草書。編纂者は貝原益軒。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]』

すで俗伝ぞくでんに、西行  更科さらしなすみけるときによめりとて
  山川に汐のみちひは しられけり
   秋風さむく 河鹿かじかなく也

是、何の書に出せる うたともしらず。されども或人にきてこの うたこゝろたづぬれば、「かじか」は しほみちぬる時は  川上かはかみ にむかひて「 軋々きしきし」となき、汐の引く時は  川下かわしも に向かひて「こりこり」と鳴くとは答へれたれば、ところ「ゴリキゝ」などいふ うををさすに似て、いよいよ昔の証拠しやうこにはあらず。

水中に声ある物は かわづ  水鳥みづとり の類ならで、いにしへより吟賞ぎんしやうの例をきかず。

されども、西行はうたを随意につらねたる  ひとなれば、ものにあたつていかゞの物をよめりとも、あながちろんずるには及ばねども、若くわ偽作なるべし。又、万葉集の哥なりとて、
(一説に落合の瀧とよみて大原に建礼門院の御詠と云つたふ)
  山川に小石ながるゞ ころころと
   河鹿かじかなくなり 谷の落合おちあひ

これまた、万葉集にあることなし。其余そのよ他書にのりたるをもきこへず。

又、『夫木集ぶほくしう』廾四雜六、岡本おかもと天皇てんわう 御製ぎよせい とて
  あふみちの 床の山なる いさや川
   このころころに 恋つゝあらん

この「ころころ」といふにつきて、かじかのなくによせしなりなといひもてつたえたり。これまた、誤りのはなはだしきなり。是は、万葉 第四に
  あふみちの 床の山なる いさや川けの
   ころころは 恋つゝあらむ

とありて、『代匠記だいしやうき』の注に、「け」とは「水気すいき」にて川霧かわきりなり。「ころころ」とは「たゝころ」なり。ねも「ころころ」とよみたるれいのごとしと見●へて、かならず「かじか」のうたには あらざるなり。

うたはかることどもにて、かたがた  さだかならずといへども、今さしてそれと定むべき「かじか」の証もなければ、今は魚にもあれ、むしにもあれ、たゞ●行わうかうに従ひて、秋の水中すいちうに鳴くものを「河の鹿」になすらへて、およそ「かじか」といはんには しゐさまたげもあるまじきことながら、さもあらぬ物によりて、詠歌ゑいかなどせ●そいとくちおしからめ。さらばまさしくふるきを求めんとならば、長明ちやうめい無名抄むめうしやう』にいへる「井堤いでかわず」にて、いまの「かじか」といふには  よくよく当れり。

※ 「夫木集ぶほくしう」は、『夫木和歌抄』のこと。鎌倉時代後期に成立した私撰和歌集。選者は藤原長清。
※ 「岡本天皇」は、斉明天皇のことと思われます。岡本宮おかもとのみやは、舒明天皇と斉明天皇が営まれた宮です。
※ 「代匠記だいしやうき」は、『万葉代匠記』のこと。『万葉集』の注釈・研究書。著者は契沖。
※ 『無名抄むめうしやう』は、鎌倉時代の歌論書。筆者は鴨長明。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]』

其文に曰、
井堤いでかわず」はほかはべらず、たゞこの井堤いでかわ」にのみはべるなり。色黒きやうにて、いと おほきにならず。よのつねの「かへる」のやふにあらばにおとりありくことなども侍らず。つねにみづにのみすみて、ふくるほどに  かれが鳴たるは、いみじく心すみて物あはれなる ●● にて侍る云々。

これ いまらくには八瀬やせにこととめ、浪花なにはの人は有馬皷ありまつゞみたきへんる物、すなはち井堤いでかはず」に同物どうぶつにして、今の「かじか」なることうたがふべくもあらず。

※ 「らく」は、京都のこと。
※ 「八瀬やせ」は、東に比叡山地、西に若丹山地に挟まれた渓谷。山城国愛宕郡小野郷八瀬庄。
※ 「有馬皷ありまつゞみたき」は、神戸・有馬温泉の鼓ケ滝のこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]』

されば、和歌には「かわつ」とよみて「かじか」とはよまざる也。「かじか」の名は、いよいよ俳言はいごん といふにあやまちなかるべし。

昔、「井堤いでのかわづ」をそゝろに愛せしことは、書々しよしよみへたり。今、八脊やせ有馬ありま井堤いでに 取るものことごとく  そのこへ

帯刀たてわきちやう  節信ときのぶ は、数奇すきの物なり。 はじめ能因のうゐんにあふて、相互あひたがひ に感有。能因のうゐん云、今日  見参けんさん引出物ひきでものに見すべきもの侍るとて、懐中くわいちうにしきふくろより銫屑かんなくず一筋ひとすじ  取出とりいだし、是はわが重宝てうほうにて  長柄ながら橋造はしづくりの時の銫屑かんなくずなり  といへば、節信ときのぶ  喜悦きゑつはなはだしうして、これも懐中よりかみにつゝみたるものを取出とりいだせり。是をひらきて見るに、かれたるかはずなり。是は「井堤いでかはず」に侍ると云へり。共に感歎かんたんして、おのおのふところにして退散す。今の世の人は可称嗚呼 ●  云々。

※ 「俳語はいごん」は、 俳諧に用いられる語。俳諧に用いられるが、和歌や連歌などには用いられない俗語や漢語などのこと。
※ 「節信ときのぶ」は、藤原節信のこと。皇太子の護衛にあたる帯刀舎人たちはきのとねりの長。
※ 「能因のうゐん」は、平安時代中期の僧侶・歌人。橘永愷たちばな のながやす

是は、わりなくもふるきをもてあそびし風流人の一へきなり。

長柄ながらの橋は、すでに古今集に、
 世の中に ふりぬるものは 津の国の
  長柄の橋と われとなりけり

又、
 かはづ なく 井堤いで山吹やまぶき ちりにけり
   花のさかりに おはまくものを

古今、春の下に見へたるより、かはずなくをもて「井堤いで」の冠辞くわんじにをけるのはじめとするによりて、いにしへより「かはづ」のやうも  かはりしとおもふも、是  俗意ぞくゐなり。


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]』

後拾遺ごしういの秋  良暹法師
 みかくれて すたく蛙の諸声もろこへ
   さわきそわたる 井堤の浮草うきくさ

この風情は、つねの蛙の 諸声もろこへ鳴立なぎたててすだきさわぐの  かまびすきに似たり。是によりて 今古こんこの変遷を察するに、井堤をよむことは  ふるく 万葉まんよう人丸ひとまるよりはじまり、蛙を詠合よみあわせとすること、古くは 小町こまち貫之つらゆきが家の集に見えたり。

又、良暹りやうせんは、祇園の別当にして、母は実方さねかた朝臣あそんいへ童女とうによ  白菊しらきく といひし者にて、これ 一条院 前後の人にてよみし。

かはづもつねのものなりしを、長明ちやうめいの時までは、みな 大凡おほよそ三百年、二百年をしかば、おほいなる 井堤いでの川も年月にうづもれ、又、山陰さんいん茂樹もじゆおほはれいたつて、陰地いんち となり、蛙も形色けいしよく音声おんせいをあらためしとは見へたり。

是をいかんとならば、今にも常の「かはず」をもて、陰地の池あるひは、野中の井などに放てば、月を経て色黒く変して声も改ること  試みてしれり。

故に今、八脊やせ有馬ありま井堤いでに 取るものことごとく  そのこへのあるにもあらず。かならず 閑情かんせいに鳴く物は、又、其さまも異なる所あり。是、「蝦蟇かしま」の一種類にして、蒼黒色さうこくしよく也。向ふの足に水かきなく、指先みな丸く、清水しみづにすみて、なく声 夜はこま鳥に似て「ころころ」といふがごとく、六、七月の間、夜一時に一度鳴けり。昼もなきて、もずの声の如し。もつともあしはやくして、とらふにやすからざれば、夏の土用の水底すいていにある時をのみ うかゞひてれり。

今、うををもて、其物そのものこんぜしは、かの「かじか」の俳言はいごんにより「かはづ」の昔をわすれ、もとより長明ちやうめいほどよりはいくたびの変世へんせいくだて、近来きんらいい「かじか」の 名のみをきゝおぼへ、かの川原かはら谷川たにがわに出て「こりぎ●」の声を聞得きゝえて鳴くところもおなじけれと。是ぞ「かじか」なりとおもひ定めしより、●れ苧のもとのはぢをこそ失なはれぬるやらん。

※ 「すだき」は、すだき。 虫などが集まってにぎやかに鳴くこと。
※ 「かまびすき」は、かまびすき。やかましいという意味。
※ 「万葉まんよう人丸ひとまる」は、柿本人麻呂のこと。
※ 「小町」は、小野小町。
※ 「貫之」は、紀貫之。
※ 「家の集」は、私家集(個人の歌集)のこと。
※ 「良暹りやうせん」は、平安時代中期の歌人。比叡山の僧で、祇園別当となり、その後大原に隠棲して晩年は雲林院に住んだとされる。
※ 「長明ちやうめい」は、鴨長明のこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]』

再考
賀茂真淵  古今打聴  云、「かはづ」は、万葉にも  祝詞にも 一名いちめう谷潜たにくゞ」とて、山河やまかわに住みて、音のおとおもしろき物なり。今も夏より秋にかけてなく故に、万葉には秋の題にいだせり。いまの田野でんや波澤はたくにすみて、うたてかしましき物にはあらず。後世は、もはらさるものをのみよむは、いにしへのうたをしらざるなり。

万葉に
 おもほゑす ませしきみを 佐保川さほかわ
  かはず きかせて かへしぬるかも

とよめるをもても、音のおもしろきをしらる。今の俗に「かじか」といふ物も、いにしへの「かはづ」なるべし。さてそれは、春にはいまだなきいでずして、夏のなかばより秋をかねてなくなり 云々。

※ 「古今打聴云」は、『古今和歌集打聴』。賀茂真淵が講述した古今集の注釈書(二十巻)
※ 「谷潜たにくゞ」は、ヒキガエルのこと。

  あんずる  に、「たにくゞ」のことさして「かはず」なりといふ引証を得ざれば、しばらく一説とすべし。

山河にすみて  音おもしろきをめでゝいへるは、いかさま  万葉のをもむきには見へたれども、一編いつへんちうかならずあきなりともさだめがたし。これ、古質の常にして、種類の物をあながちにわかつことなく混じて、同名に ●● 其例そのれいすくなからず。

されども、第六
 おもほへず きませるきみを 佐保川さほかわ
  かはず きかせて かへしつるかも

又、蛙によせたる恋哥に、
 朝霞あさかすみ 鹿火屋かひやが下に なく かはず
  こへだにかば 我恋めやば

といふなどは、秋なくものをよみて、もつともだいも秋なり。

又、後選集雜四、「かはづ」をきゝて、との端書はしがきにて、
 我宿に あひゆとりして なくかはづ
  よるになれば やものはかなしき

是も秋の物とこそ聞ゆれ。

又、万葉
 佐保川さほかわの 清き 川原かはらになく千鳥ちどり
  かはづと ふたつ わすれかねつも

など、みな声をめでしとはきこへはべる。

 かはづなく 吉の川
 蛙なく 六田の淀|《よど》
 かはづなく 神奈備川かみなみかわ
 かはづなく 清川原きよきかはら

などにて、とかく山河の清流に詠合よみあはせて、田野でんや の物をよみたると、万葉一編にあることなし。元より井堤をよむは、古今集に見へて、六帖にものせうたなり。かたかた「かじか」は「かはず」にして、名は俳言はいごたることを知るべし。

※ 「後選集」は、後撰和歌集のこと。
※ 「古今集」は、古今和歌集のこと。
※ 「六帖」は、古今和歌六帖のこと。

形 ●●● こへ のおもしろきことは、前に いふごとし。「カジカ」といふ名は俗語にして、うたよむことなし。もしよまば「カハヅ」とよむべし。万葉をせうとす。

内匠寮大属 按作村主 益人聊設 飲饌以饗
長宦佐為王 未及日斜 王既還帰 於時益人
怜惜不猒之 歸仍作此歌

不所念オモホエズ 来座君呼キマセルキミヲ 佐保川乃サホカハノ
河蝦不令聞カハヅキカセデ 還都流香聞カヘシツルカモ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]』

諸国 に 河鹿かじか といふ うを

伊予大洲のかじか

伊予いよ大洲おほずのは、砂泥鰌に似て、少しおほいて、声は茶碗の底をさするごとくなるに、なをさえて夜鳴くなり。なくとき両●りやうほうご●●、『大和本草やまとほんさう』に「杜父魚とふぎよ」とす。『本草』「杜父魚」の声を不載のせず

越後国のかじか

越後国のもの、かしおほきく、黒班くろもんあり。はらしろし。せうは一、二寸、だいは五、六寸。声  蚯蚓みゞずに似てさへずり夜鳴く。但し、諸国しよこく山川やまかわにも多し。四国しこくにて「山どんこ」と云。大坂にて「どんぐろはぜ」といふ。

加賀国のかじか

加賀国のものは、かしらおほおし、またあり。背くろく、はらしろし。そのこえねずみに似て夜鳴く。せうなるは一寸ばかりだいなるは二尺ばかり。但し、小は声なし。


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [4]


石伏(いしぶし)

石伏いしぶし 一名 ごり
二種あり。海河うみかわともにあり。しんものは、腹の下にひれありて いしにつく。杜父魚とふぎよに似たる。小なり。声あり夜鳴く。ひれにはりあり、海はやはらかなり、かわはするどし。

軋々(ぎぎ)

軋々ぎぎ
嵯峨さがにて「みこ魚」といひ、播州にて「みこ女郎」といふうを  これに似て、色赤く、咽の下にはりあり。「ぎゝ」はひれに針あり。おほひに人の手をさす。

漢名かんみやう 黄顙魚かうそうぎよ
みこ魚は、わう [■は魚+盎]絲魚しぎよ海河うみかはともにあり。小三寸ばかり、大四、五寸。あぎとの下にひれあり。色、黄茶きちやくろ斑文はんもんあり。

右 越前霰魚  左 杜父魚

越前えちぜん  霰魚あられうを
此国このくにのほかになしとて、杜父魚とふぎよあつるも誤なりとす。あられの降る時、はらをうへにしてながるといふ。一名「カクブツ」。声あり。かんがふるに、杜父とふの種類也。杜父とふといひて  あやまるにもあるべからず。

杜父魚とふぎよ
「イシモチ」「川ヲコゼ」 伏見
「クチナハトンコ」 伊予
「マル」 嵯峨
「ムコ」 近江
水底みなそこて、石につきて、石伏いしぶしに似たり。コチに似たる。黒班くろまだら、加茂川かもがわに多し。かしらとひれに  はりありてするどし。

石くらひ
「ドングロ」ひれにはりなし。漢名かんめう未詳つまびらかならず




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