百鬼徒然袋 下
面霊気
面霊気
聖徳太子の時、秦の川勝、あまたの假面を製せしよし、かく生るがごとくなるは、川勝のたくめる假面にやあらんと、夢心に思ひぬ。
※ 「秦の川勝」は、秦河勝。古墳時代から飛鳥時代にかけて秦氏の族長的な存在で、聖徳太子とともに日本の国造りに大きく貢献したとされる人物です。
※ 「假面」は、仮面。
※ 「たくめる」は、工夫する、趣向をこらすという意味。
幣六
弊六
花のみやこに 社 さだめず。あらぶるこゝろまします神のさわぎ出●ひしにやと、夢心におもひぬ。
※ 「弊六」は、六弊をもじったものでしょうか。六弊は、六波羅蜜の実践を妨げる六種の悪心のこと。慳貪(ものおしみすること)・破戒・瞋恚(怒ること)・懈怠(なまけること)・散乱(心が落ち着かないこと)・愚痴(無知なこと)。
※ 「あらぶる」は、荒ぶる。
※ 「まします」は、坐します。おいでになる、おありになるという意味。
※ 神社のお祓いなどで用いられる 紙垂(白い紙)のついた棒を「大麻」といいます。弊六が何かを払おうとしているのは、「お祓い」と掛けているのかもしれませんね。
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雲外鏡
雲外鏡
照魔鏡と言へるは、もろ/\の怪しき物の形をうつすよしなれば、その影のうつれるにやとおもひしに、動 出るまゝに此かゞみの 妖怪 なりと、夢の中におもひぬ。
※ 「照魔鏡」は、悪魔の本性を照らすという鏡のこと。
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鈴彦姫
鈴彦姫
かくれし神を出し奉んとて、岩戸のまへにて神楽を奏し●ひし 天鈿女 のいにしへもこひしく、夢心におもひぬ。
※ 「神楽」は、神をまつるために神前に奏する舞楽のこと。
※ 「天鈿女」は、天岩戸の話に出てくる「あめのうずめのみこと」。天岩戸にこもった 天照大神 を引き出すために踊った女神。
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古空穂
古空穂
※ 「空穂」は、へちまのような形をした筒状の矢を収納する道具のこと。靫。
説明書きがないため、目次から「古空穂」という名前が分かるにとどまります。
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無垢行騰
無垢行騰
赤沢山の露ときへし、河津の三郎が行騰にやと、夢心に思ひぬ。
※ 「無垢」は、煩悩がないこと、清らかでけがれのないこと。
※ 「行騰」は、騎馬遠行や狩猟の際に、腰から足先までを覆う毛皮製の服装品。
※ 「河津の三郎」は、河津三郎(曾我兄弟の父)。
※ 「赤沢山」は、河津三郎が工藤祐経に暗殺された場所。後に、息子の曽我兄弟が父の仇を討ち、日本三大仇討ちのひとつとされています。
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猪口暮露
猪口暮露
明皇 あるとき書を見●ふに、御机の上●童あらはる。明皇●し●●●へば、臣は●●墨の精なり●●●●●●●、此怪もその類かと、●のうちにおもひぬ。
※ 「猪口」は、お酒を呑むための小さな器のこと。猪口。
※ 「暮露」は、普化宗(禅宗の一派)の僧のこと。普化宗は虚無宗ともいわれので、虚無僧、薦僧、菰僧とも呼ばれました。『七十一番職人歌合』の四十六番に「暮露」が描かれています。
※ 「明皇」は、才知にすぐれ物事の道理に通じている皇帝のこと。
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瀬戸大将
瀬戸大将
槊をよこたへて詩を賦せし曹孟徳に、から津やきのからきめ見せし●鍋の寿亭候にや。蜀江のにしき手を着たりと、夢のうちにおもひぬ。
※ 「瀬戸」は、瀬戸焼きの意味を掛けているのでしょうか。
※ 「槊」は、ここでは鉾のこと。両刃の長柄の武器。
※ 「賦せし」は、ここでは詩をつくるという意味。賦する。
※ 「曹孟徳」は、曹操。後漢末期の武将・政治家。孟徳は字。
※ 「から津やき」は、唐津焼き。
※ 「からきめ」は、辛き目でしょうか。
※ 「寿亭候」は、曹孟徳が関羽に授けた称号のこと。漢寿亭侯。
※ 「蜀江」は、揚子江の上流の川の一部のこと。
※ 「にしき手」は、錦手。白磁に赤・緑・黄・青・紫などで上絵をつけた陶磁器のこと。古伊万里や柿右衛門など、有田焼きがよく知られています。
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五徳猫
五徳猫
七とくの舞をふたつわすれて、五徳の官者と言ひしためしもあれば、この猫もいかなることをか忘れけんと、夢の中におもひぬ。
※ 「五徳」は、守るべき五つの徳目という意味の五徳と、囲炉裏の中で釜や鉄瓶をかける道具の五徳を掛けていると思われます。
※ 「七とくの舞」は、七徳の舞。唐の太宗の武勲をたたえた舞楽のこと。
※ 「七とくの舞をふたつわすれて、五徳の官者と言ひしためし」は、信濃前司行長のエピソードです。『徒然草』の第二百二十六段に次のように書かれています。
「後鳥羽院の御時、信濃前司行長、稽古の誉ありけるが、楽府の御論義の番にめされて、七徳の舞ふたつ忘れたりければ、五徳の冠者と異名をつきにけるを」
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鳴釜
鳴釜
白澤避怪図曰 はくたくひくはひのずにいはく
飯甑作聲鬼名 はんそうなすこへをきをなづく
斂女有此怪則 れんしよとあるこのくはいとき
呼鬼各其怪忽 よべばきのなをそのくはいたちまち
自滅 おのづからめつす
夢のうちにおもひぬ。
※ 「鳴釜」という名前は、吉備津神社に古くから伝わる「鳴釜神事」をモチーフにしたものと思われます。
※ 「白澤」は、中国に伝わる瑞獣のひとつ。体は四つ足、人間の顔をして目は三つ、角があります。人間の言葉を解し、万物の知識に精通する神獣とされます。
※ 「白澤避怪図」は、江戸時代に戸隠神社宝光社から発行された白澤図のこと。
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山颪
山颪
豪猪といへる獣あり。山おろしと言ひて、そう身の毛はりめぐらし、此妖怪も名をかたちの似たるゆへにかく言ふならんと、夢心におもひぬ。
※ 「山颪」は、山から吹きおろす風のこと。
※ 「豪猪」は、ヤマアラシの漢名。ヤマアラシは、針状のトゲのような堅い毛を持ち、危険に遭遇すると威嚇のためにトゲをたてます。
※ 「そう身」は、総身。からだ全体のこと。
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瓶長
瓶長
わざわひは吉事のふくするところと言へば、酌どもつきず、飲どもかはらぬめでたきことを、かねて知らする瓶長にやと、夢のうちにおもひぬ。
※ 「わざわひは吉事のふくするところ」は、禍福倚伏という熟語から来ていると思われます。福の中に禍が潜み、禍の中に福が潜む、災いと幸せは表裏一体かわるがわるやって来るという意味。
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宝船
みなめさめ
※ 「ながきよのとをのねふりに」から始まる、上から読んでも下から読んでも同じになる回文和歌の一部です。
波のり舩のおとのよきかな
なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな
永き世の遠の眠りのみな目ざめ波乗り船の音のよきかな
善哉 善哉(よきかな よきかな)
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖