【語源】日本釈名 (5) 地理(東西南北・御陵・井・瀑布・池・泉など)
東
日頭|《ヒカシラ》なり。「ら」の字を略す。日のはじめて出る所、かしら也。
西
「いにし」也。日は西へいぬる。日のいにしと云意。「い」を略す。
南
万物皆みゆる意。日の南にある時、あきらかにしてみな見ゆる也。
北
『直指抄』云、北方は其色黒し。上古には、黒き色を「きたなし」と云。「なし」の文字は「無」の字の義にはあらず。語の助也。
『直指抄』の説、まことに明か也。或又、北は陽のはじめて生ずる方なれば、万物いききたるの意欤。冬至子の半。一陽来復すれば也。
※ 「直指抄」は、書物の名『神代直指抄』。成立年未詳、著者未詳。『類聚名物考』に「神代直指抄 神代の古字十六字の極秘を書りといひ傳ふ。是は偽書なり」と記されています。
※ 「冬至子の半」は、北宋の儒学者 邵雍の詩の一節。参考『林園月令 八(冬至 宗 邵雍)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
※ 「一陽来復」は、冬が終わり春が来ること、悪いことが続いた後で幸運に向かうこと。
里
「さ」は「小」也。「せばきなり」とは所也。せば所也。里は都にあらずして、せばき所也。
山
「やむ」也。「やむ」は「とまる」也。常にとゞまりてうごかざる意なり。「む」と「ま」と通ず。
川
「かはる」也。ゆく川のながればたえずしてしかももとの水にあらず。日夜かはるもの也。川の「かはる」は山の「やむ」と對せり。
※ 「ゆく川のながればたえずして…」は、鴨長明の『方丈記』の冒頭の一節。
※ 「對せり」は、対せり。
谷
「したみ」也。谷はひきし故に「したにみる」也。「み」と「に」と通ず。上略也。
※ 「ひきし」は、低し。
村
「むら」は「むらがる」也。人のむらがりすむ所也。
郡
「小わり」也。国の内をこまかにわる也。「わ」と「は」と通じ、「は」と「ほ」と通ず。
縣
「わかつ」也。郡縣をわかつ也。「わ」と「あ」と「つ」と「た」と通ず。
國
上古の自語なるべし。一説に、いにしへは郡ノ邑をも「くに」と云事、『日本紀』に多し。吉野のくに、難波のくになどいへり。郡の音を用て「くに」といへるなるべし。「こゑ」を訓とせしためしおほし。「銭」を「せに」と訓示、蘭を「らに」と訓ぜし類なり。
都
「宮どころ」也。帝王の宮ある所也。所の字上下を略せり。
道
「み」は「あゆみ」也。「ち」は「つち」也。人のあゆむ土也。
岡
「おたか」なり。中略也。山の尾のたかき處なれば也。
※ 「處」は、処。
鄙 イナカ
『仙覚抄』曰、「ひな」は「日なが」と云こゝろ。「か」の字を略せり。いなかはつれ/\にて日ながし。「いなか」も「ひなが」也。「ひ」と「い」と通ず。
※ 「仙覚抄」は、仙覚が記した『万葉集註釈(仙覚抄)』のこと。参考:『萬葉集註釋 20巻【全号まとめ】』(国立国会図書館デジタルコレクション)
陂
水を「つゝみたくはふる」也。又、土堤をも「つゝみ」と云。土積也。土をつみて高くつきあげたる也。
浦
「う」は「海」也。「ら」は「かたはら」也。うみのかたはら也。又云「うら」は「裏」也。舩の風にかくるゝ處也。浦廻うらわと萬葉によめり。廻りたる所也。
海
「うかみ」也。中を略す。舟のうかむ所也。又「ふかみ」也。「ふ」と「う」と通ず。
※ 「うかみ」「うかむ」は、浮かみ、浮かむ。
原
「はら」は「ひろ」也。音通ず。又云「ひら」也。平地也。
御陵
いにしへの帝王の御はか也。「さゝ」は小也。「き」はきづく也。ちいさくきづく也。御陵は、山よりはちいさくきづけり。凡 小なる物を皆「さゝ」と云。小竹を「さゝ」と云。小栗を「さゝぐり」と云。細石を「さゞれいし」と云。小鳥を「さゞき」と云。小波を「さゞ波」と云。蜘を「さゝがに」と云。小なるを「さゝやか」と云。
墓
「はふむりてたかき」也。「はふむり」は下を略し、「たかき」は上下を略す。
※ 「はふむりて」は、葬りて。
塚
「つか」は「つく」也。「く」と「か」と通ず。「つか」は塟處にかぎらず、高くつくるを云。
籬
前垣也。「へ」の字を略せり。
井
「いづ」也。水の出る處也。下を略せり。一説、井る也。あつまる意。鳥のあつまるを「いる」と云がごとし。井は人のあつまりくむ處也。昔は後代の如く家々に井なくして、一所にあつまりくみしにや。
瀑布 ホクフ
「たかき」也。中を略す。高き所よりおつる水也。飛泉を云。那智のたき、箕面のたき、音羽のたき、など、皆瀑布也。又、瀧は急流也。飛泉にはあらず。吉野の西河の瀧、宮瀧などは、瀬のはやきを「たき」と云。瀑布にあらず。これには「瀧」の字をかくべし。たぎりておつる意。「瀑」と「瀧」とは同じからず。瀑は「ほく」のこゑ也。瀧は「ろう」の音也。
※ 「飛泉」は、高い所から勢いよく落下する水のこと。
池
魚をいける水なり。
溝
水ほそきなり。一説、「み」は「水せばき」也。「そ」と「さ」と通ず。せはの反しは「さ」也。溝は水のせばき処也。
瀬
水のはやく流る所を云。急にせまりてせばきなり。下略也。
源
水本也。汀は水際なり。
泉
「いづる水」也。いづるの「る」と「みづ」の「つ」を略せり。
淵
『直指抄』云、「ふ」は「ふかき」也。「ち」は水の音也。一説、「ち」はうつほ字也。今案、「ち」は「つ」と通ず。「つ」は「みづ」の「み」を略せり。ふかみづ也。
※ 「うつほ字」は、空字。参考:『英華字典(Expletive 空字)』『伊呂波音訓伝:日本密要 五』
岸
山のふもとのかたはら、又、水辺の高きかたはらを「きし」と云。「きし」は「けはし」也。さかしきを云。一説、こし也。腰のごとくそばだてり。「こ」と「き」と通ず。
※ 「そばだてり」は、峙(聳)てり。山などが角張って高くそびえ立つこと。
港
水門也。身の入、水の戸也。
波
「ならび」也。「ひ」と「み」と通ず。中を略す。波は、ならび立物也。
洋
仙覚が曰、「なだ」は「なみたかき」也。今案、大海は波高し。俗に「灘」の字をかくは誤也。「灘」は瀬なり。字書を考ふべし。
漪
「さゝ」は「小」也。波なり。
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
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