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東京名物百人一首(11) 集古會/歌舞伎座/日比谷大神宮/ 芝神明

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『東京名物百人一首

平兼盛
 しらぶれば 古色いろいでにけり わが会は
     物のすきなる 人ぞ集る

【元歌】
  忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は
     物や思ふと 人の問ふまで

集古會は好古家の集合会にて、創立より本年まで十一か年をつゞけし名物 の集會なり。

… 覧し、談笑娯樂の間に互に其 ●● を交換するを以て、目的としたる會合に して、會員は會費として一ヶ年金壹圓二十錢(地方會員同金六拾錢)を納むれば、毎會に出席し、並に、本會發行集古會誌(年五回發行)の頒布を得べし。

東京市麹町區下 二番町四十番地林方
集古會事務所

※ 「集古會」は、明治二十九年(1896年)に創立された好事家の会。『東京名物百人一首』の著者である清水晴風氏も、集古会に参加し世話人を務めたそうです。

参考:『集古会誌乙巳(3)』(国立国会図書館サーチ)『集古會誌』(NII学術情報ナビゲータ)


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『東京名物百人一首

壬生忠見
 木挽町 歌舞伎座まさき 立に●●
    人しれずこそ 多ひ株式

※ 「木挽町歌舞伎座」は、明治二十二年(1889年)に木挽町で開場した初代歌舞伎座のこと。
※ 「多ひ株式」は、明治二十九年(1896年)に歌舞伎座株式会社になったことを指していると思われます。

【元歌】
  恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
    人知れずこそ 思ひ初めしか

明治廿二年十一月廿三日
歌舞伎座

※ 「明治廿二年十一月廿三日」は、初代歌舞伎座(木挽町こびきちょう)の開場日にあたります。紙片の後ろに描かれているのは、歌舞伎座の座紋「鳳凰丸ほうおうまる」です。

参考:松竹Webサイト「歌舞伎座の歴史


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『東京名物百人一首

清原元輔
 ちぎりきな かためは神の 御前みまいにて
    すへはます/\ 波風はなし

※ 神前式のことを題材にした替え歌です。

【元歌】
  契りきな かたみに袖を しぼりつつ
     末の松山 波越さじとは

日比谷大神宮の御神前にて、結婚之式を挙る追々に行る。是も東京名物 ● 一なるべし。

東京市麹町區有樂町三丁目二番地
神宮奉齋會本院

※ 「日比谷大神宮」は、東京における伊勢神宮の遥拝殿ようはいでんとして明治十三年(1880年)に創建された神宮、現在の東京大神宮。神前結婚式の創始であるそうです。

挿絵に描かれているのは、屠蘇器とそきの銚子につける「雄蝶おちょう 雌蝶めちょう」の飾りです。中央が山になっているのが雄蝶、谷になっているのが雌蝶です。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『包結記 上
男蝶


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『東京名物百人一首

中納言敦忠
 あんころの 餅の風味に くらぶれば
    昔しも芝の 名取なりけり

【元歌】
  逢ひ見ての 後の心に 比ぶれば
     昔は物を 思はざりけり

※ 「あんころの餅」は、ひと口サイズの餅を小豆あずきあんで包んだもの。あんころもち

芝宮 太々餅

※ 「芝宮」は、しば神明しんめい(現在の芝大神宮)のこと。
※ 「太々餅」は、芝神明の前にあった汁粉屋で、名代「太々餅(代々餅)」が評判であったそうです。

太々餅(芝區宮本町)
神明の前にある汁粉屋にて、代々評判重ねたる旧家なり。此家の名代「太々餅」と称するは「あんころ餅」の一種にて其の甘味無類なり。其他汁粉、雑煮等何れも賞賛すべき價直あり。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『東京新繁昌記

参考:『東京名物志』『東洋大都会

また、芝神明の祭礼「だらだら祭り(生姜祭り)」で授与される千木筥ちぎばこと生姜も描かれています。

千木筥は、藤の花を描いた小判型の絵櫃えびつを三段重ねにして紐で束ねたもので、中に切飴や粗菓を入れて売られたそうです。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本民俗学辞典
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『図解現代百科辞典



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