【語源】日本釈名 (3) 時節(春夏秋冬・和風月名・朔・望など)
二 時節
時
「とき」は、疾也。はやき意。時は、はやくすぐる物なれば也。
年
「とし」は、疾也。はやき意。光陰矢の如く年月は花區すぐる物なる故に「とし」と云。『古今集』の哥に「とゞめやらずむべもとし」とはいはれけり。さてもつれなくすぐるよはひかとよめるがごとし。
※ 「とゞめやらずむべもとし」は、古今和歌集に収められている歌。
とどめあへず むべも年とは いはれけり
しかもつれなく すぐる齢か
※ 「すぐるよはひ」は、過ぐる齢。
春
晴也。冬は陰気多く、春天ははれ多し。一説に「はる」は「ある」也。冬はよろづなくなりしに、春にいたりて万物 ● 生して有となる。又云、張也。草木のめはる也。初の説を用ゆべし。
夏
「あつ」也。「あ」と「な」と通ず。夏はあつし。
秋
明かなる也。秋、天は清明也。或云、緋也。草木あかき也。一説なき也。万物秋に至り、零落し、かれしぼみてなくなる。春を有と云に、對せり。是も初説よし。
冬
「ひゆ」也。「ひゆ」は寒也。「ひ」「ふ」相通。
正月
『清輔奥儀抄』に曰、たかきいやしきゆきたるが故に、むつびつきといへると略せり。篤信曰、此月真蹟朋友往来して、たがひにむつまじくするゆへに、むつび月と云也。是より以下十二月の訓、皆『奥儀抄』に出たり。
一月といはずして、正月といふはなんぞや。『左伝正義』と云書に、正は長也。此年の長月、故 称 正月 といへり。長とは、かしらの意。一年のかしら月なり。和語にあらざれども、世に云ならはせることばなれば、こゝにしるす。
※ 「清輔奥儀抄」は、平安時代後期に書かれた歌学書。著者は藤原清輔。参考:『奥義抄』(国立公文書館デジタルアーカイブ)
※ 「たかきいやしきゆきたる」は、高き賤しき行き来る。
※ 「篤信」は、『日本釈名』の著者、貝原益軒の名。
※ 「左伝正義」は、孔子が編纂したという歴史書『春秋左氏伝』に対する唐の時代の注釈書。『春秋左伝正義』。
※ 「ならはせることば」は、習わせる言葉。
二月
さむくて、さらにきぬをきれば、きぬさらぎといふを略せり。
※ 「さらにきぬをきれば」は、更に絹を着れば。
※ 「きぬさらぎ」は、絹更着。
三月
風雨あらたまりて、草木いよ/\おふる故に、いやおひ月と云を略せり。
※ 「おふる」は、生ふる。
四月
波流花さかりにひらくる故、うのはな月と云を略せり。
五月
田うふる事さかりなる故、さなゑ月と云を略せり。
※ 「田うふる」は、田植ふる。
※ 「さなゑ」は、早苗。田植えに用いる稲の若苗のこと。
六月
農の事どもみなしつきたる故に、みなしつきと云を略せり。一説、此月まことにあつくして、ことに水泉かれつくるゆへ、みづなし月と云を略せり。
※ 「みなしつきたる」は、皆し尽きたる。
※ 「かれつくる」は、枯れ尽くる。
七月
七日、たなばたにかすとてふみどもをひらくゆへ、ふみつきと云を略せり。
※ 「かす」は、架すでしょうか。
八月
木の葉もみぢておつる故、はおち月と云を略せり。
※ 「もみぢておつる」は、紅葉して落ちること。
九月
夜、やう/\ながき故、よなが月といふを略せり。
十月
天下諸の神、出雲国に行て、こと国に神なき故に神なし月と云を略せり。
『詞林釆葉抄』曰、素戔嗚尊のかくれますは、冬十月也。是故に、十月を神無月と云。篤信曰、かみな月の説多し。近説に、十月は純陰の月なれば、無 陽月と云意にや。鬼を「おに」と云陰也。神を「かみ」と云陽也。此説、理あり。されども、いにしへいまだ此議論あるべからず。一説、十月の律を上無と云。此故に上無月と云。十月は陽気上にのぼらず、故に上無と云。
※ 「詞林釆葉抄」は、鎌倉時代後期に書かれた歌学書。参考:『詞林采葉抄』(国立公文書館デジタルアーカイブ)
十一月
霜しきりにふる故に、しもふり月と云を略せり。
十二月
僧をむかへて仏名をおとなひ、或経をよませ、東西にはせはしる故に、神はせ月と云を略せり。以上『奥儀抄』。
篤信云、しはすといへるは、四時のはつる月なれば、しはつ月といふなるべし。「つ」と「す」と相通す。豊後にしはつ山あり。四極山とかけり。是を證とすべし。十二月を世俗に極月といへるがごとく、四時のきはまりはつる月なれば、四極月なるべし。古人の説、まことにそしりがたし。然れども、師趨の説はおそらくは僻説なるべし。
※ 「しはつ山」は、大分県の高崎山のこと。
※ 「僻説」は、道理に合わない説のこと。
朔
月たつ也。二日ふたか也。「か」は日也。かゞやく意、其餘の「か」の字、皆同じ。六日の「い」は引音也。七日はなゝか也。「ぬ」と「な」と通ず。八日の「う」は引音也。「むゆか」「やをか」と云は、ひが事也。
※ 「引音」は、言葉の間に「い」「う」「ん」の音をはさんで、声を長く引いて発音すること。
※ 「ひが事」は、僻事。道理や事実に合わないこと。まちがっていること。
望
「もち」は「みつ」也。「も」と「み」と通ず。十五夜の月まどかにしてみつるゆへ也。或云、月まどかにしてもちいの形の如し。此説あしゝ。
※ 「まどか」は、円か。丸いさま。
※ 「もちい」は、餅飯。餅のこと。
※ 「あしゝ」は、悪しし。
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
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