【観音霊験記 秩父巡礼】第二拾五番久那岩谷山久昌寺／奥野の鬼女

出典：国立国会図書館デジタルコレクション
『観音霊験記 秩父巡礼二拾五番久那岩谷山久昌寺 奥野の鬼女』

観音霊験記　秩父順禮ちゝぶじゆんれい　二拾五番　久那くな岩谷山かんこくざん久昌寺きうしやうじ
　みなかみは　いづてなるらん　岩屋堂いはやだう
　　　　旭あさひも久那く　夕日ゆふひかゞやく

奉額
　　手みじかに　さとるみちあり　柿かきの渋しぶ

奥野おくのの鬼女きぢよ
昔往むかし、久那くなの岩洞いはやに鬼おにこもれりとて、さらに往来ゆきゝするものなき。来由らいゆは、奥野おくのといふ一処にすむ女房にようばう大悪だいあくのものなれば、懐胎くわいたいの身みにて、一類いちるゐに見放みはなされて、家いへを出いだされ、此この所ところの麓ふもとに住すみけるが、猶なほ 悪計あくけいのことありて、荒川あらかはへ打込うちこまれしが、からき命いのちを助たすかりて、又また この山やまふかくに忍しのび居ゐて一女いちぢよを産うむ。

※ 「からき」は、ここではかろうじての意。

この娘むすめ 十五歳の時、宿業しゆくがう尽つきしにや身罷みまかりければ、娘むすめは殊更ことさら歎なげきにしづみし所ところへ、弱なよなかなる女人によにん手てに花はなを持もちていふやう「汝なんぢが母はゝは、後世ごせ地獄ぢごくに堕だせり。夫それを助たすけたくば、観世音くわんぜおんの御名みなを唱となへて祈念きねんせよ」と教おしゆ。

また、象殿ぞうどのの神かみあらはれて告つげ給ふには、
「今いま一人ひとりの旅僧たびそう爰こゝに来きたれば、それに値偶ちぐうして里人さとびとを語かたらひ、此この地ちに観音くわんおんの堂だうを建たてよ」とありしに、果はたして一人ひとりの旅僧たびそう来きたれば、始終しじうを語かたりて頼たのみければ、僧そうは娘むすめをつれて里さとへ出、しか／＼と語かたりて勧化くわんげすれば、その鬼女きぢよの一類いちるゐおよび里人さとびとも力ちからを合あはせて間まもなく堂舎だうしやとゝのひければ、僧そうの持もちし観音くわんおんを本尊ほんぞんとし、又また、十王じうわうの像ぞうを作つくりて鬼女きぢよの菩提ぼだいを吊とむらひける灵地れいちなり。

※ 「値偶ちぐう」は、値遇。仏縁あってめぐりあうこと。
※ 「しか／＼」は、しかじか。
※ 「灵地れいち」は、霊地。

筆者注　●は解読できなかった文字を意味しています。
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