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【女大学宝箱】(3)裁縫・衣裳をたつ歌・縫い針・火熨斗(ひのし)
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それ ぬひはりは、女子第一のわざなれば、手習と同じくはやく教べし。世間に双六、小歌、琴、三味線を習て、たちぬふことのならぬあり。たとひ家富、人おほくつかひて、物ぬひ女を置身なりとも、少はなぐさみにもぬふべし。
※ 「ぬひはり」は、縫い針。
※ 「たちぬふこと」は、断ち縫ふこと。
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むかし、文王とかし聖人の后は、みづからおりぬひ、あらひはりし給ひけるよし、書に見えたれば、是を心にかけざる女はいと罪ふかく覚る也。
※ 「みづからおりぬひ」は、自ら織り縫い。
※ 「あらひはり」は、洗い張り。着物をほどいて洗うこと。
物ぬふに日をゑらむ。凶日にたちぬひすれば、哥をとなふることなどあるは、人に衣食住の三つの第一にきるものなれば、そまつにせざるつゝしみなるべし。
※ 「物ぬふに日をゑらむ」は、物縫うに日を選む。
※ 「哥」は、歌。
※ 「きるもの」は、着る物。
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衣裳をたつ時の歌
〽 ちはやふる 神のをしへを 我ぞする
此宿よりも 富ぞふりぬる
〽 あさひめの をしへはじめし から衣
たつ度ごとに よろこびぞする
〽 あさ日さす あひしのみやの をしへにて
男のうはぎ 今ぞたつなる
※ 参考:『日本社会事彙 下巻 訂正増補 再版』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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いそぎ物たつ時の歌
〽 つのくにの あしきゑびすの きぬたちて
入日もときも きらはざりけり
〽 からこくの あられ夷の 衣なれば
ときをも日をも きらはざりけり
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申の日、物たつ事わろし。
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縫針のはじめは、いづれといふことをしらねども、衣裳の製しよりあるなるべし。もろこしの大昊と申帝九針をつくるといふ。又『礼記』のうちに、針に紐てぬはんとあり。
わが朝、大己貴神、大陶祇女 活玉依姫に通ひ給ふ時、其父母察 顕んとて、績麻を線に作り、針鉤を以て神人の裾裳に●て、明旦 糸のまに/\尋ねもとめしに、錀穴より越、茅渟山をへ、三諸山に留るとあれば、神代すでに針績麻ありけるなり。
※ 「大昊」は、太昊。
※ 「九針」は、九種の鍼のこと、九鍼と思われます。
※ 「礼記」は、儒教の経典「三礼」のひとつ『礼記』。
※ 「績麻」は、紡いだ麻糸のこと。
※ 「茅渟山をへ」は、茅渟山を経。茅渟は、和泉国の沿岸の古称。
※ 「三諸山」は、奈良の三輪山のこと。
※ 参考:『広益俗説弁 大和事始(大己貴神)』『女子はがき用文』(国立国会図書館デジタルコレクション)
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衣帛をのぶるうつは、物の熨斗といふ。此おこりは、むかし殷の紂王と申おはしけり。きはめて悪王なりければ、おもき刑罰の具をつくらんとて、先大に熨斗の火をいるゝうつは物をつくり、つみある者にこれをとらしむれば、手すなはちやけたゞれけるを見て、其 妃妲己とゝもに、是を見て、わらひたはぶれたのしみけり。
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此うつはものは、その遺意也といへり。しかれども、本より衣裳をしたつるにひのし有べし。必 紂王の遺意ともいひがたし。
※ 「うつはもの」は、器物。
※ 「したつる」は、仕立つる。衣服を仕立てること。
※ 「ひのし」は、火熨斗。
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