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ネプリ「夏机・雨宮琴陽 いちごつみ日記『旅路』」
ネプリ「夏机・雨宮琴陽 いちごつみ日記『旅路』」を拝読しました。
短歌と日記で構成されている作品です。
印象に残った歌と文章を引きます。
そして、これからはつらいときの自分の心や、あるいは自分そのものについて、違う見方をする可能性を探っていくべきなんじゃないかとも考えた。より優しい視線をもって、正しい見方をしていきたい。
自分で自分を傷つける言葉を、頭の中で繰り返してしまうことってありますよね。
しんどさでぐちゃぐちゃになって、止められなくて。
自分を否定することは案外簡単で、しかもクセになりやすいからやっかいです。
自分から距離を取って、冷静に、公平に見ていくこと。
「より優しい視線」を自分に向けること。
とても難しいことだと思います。
でもそうやって自分に接していった先に、やっと少しだけ自分を尊重できるようになるのだと思いました。
眠れないよるにかぶせる葉としてはちいさいくらいの片恋と寝る
「眠れないよるにかぶせる葉」は、なんとなく大きなものに感じたのですが、その後に「ちいさいくらいの片恋」と続きます。
言葉が伸び縮みしている感覚が不思議なお歌です。
眠れない夜、主体はひとりで過ごしています。
「片恋と寝る」というのはさびしい行為のように感じますが、この歌の主体はどこか満足げだと思いました。
泣かせてほしい なくした帽子を十歳の僕にかぶせて帰る電車で
過去を振り返って、今の自分なら幼い頃の自分を、こうやってすくい上げてあげるだろうと、想像してしまうことがあります。
主体にとっては「なくした帽子」をかぶせてあげることだったのですね。
主体は電車に乗って現実に帰っていきます。
自分で自分をケアする孤独と、ようやくやりきったという誇らしさを感じる「泣かせてほしい」だと思いました。
ふんわりくるしいとか、それが集まって泣いちゃうとか、そういうもので構成されるわたしの暮らしが、それでもちょっと愛おしいです。
誰かに伝えようと言葉にしようとすると、「ほんとう」とずれてしまうくるしみってあると思いました。
ひとりひとりちがうくるしみがあって、それは他者に認めてもらう必要はなくって、自分のなかに抱えていくもの。
触れたらはじけてしまいそうなそれは、繊細に扱わなくてはいけなくて、なんだか大事なものみたいです。
「それでもちょっと愛おしい」という感覚、とても素敵だと思いました。