[report]『写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』(国立西洋美術館)
※タイトル画像『時祷書由来ビフォリウム』(部分)国立西洋美術館蔵
開催情報
『内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙』
場所:国立西洋美術館(東京都台東区)
開催日:2024.6.11.tue-8.25.sun
入館料:1700円(一般)
※8月3日(土)は「おしゃべりOK『にぎやかサタデー』」を開催。常設展・企画展ともに無料観覧日。
内容:内藤裕史氏寄贈および長沼昭夫氏の支援による写本零葉を中心とする「内藤コレクション」の大部分を一堂に紹介。
国内の大学図書館から拝借する若干数の作品も含め約150点より構成。
※一部の作品を除き、大部分は写真撮影可。
常設展 小企画展
『西洋版画を視る リトグラフ:石板からひろがるイメージ』
開催日:2024.6.11.tue-9.1.sun
会場:版画素描展示室
主な登場人物
内藤裕史(1932-)
麻酔学・中毒学の泰斗として知られる医学者。数十年をかけ、彩飾写本リーフを蒐集。2016年、コレクションを国立西洋美術館に一括寄贈。長沼昭夫(1947-)
実業家。内藤裕史氏の友人。「内藤コレクション」を支援。中田明日佳(?-)
国立西洋美術館 主任学芸員
単語
【零葉】本から切り離された一枚一枚の紙葉。
【親写本】零葉が本来属していた写本。
【姉妹葉(シスター・リーフ)】同じ親写本から切り離された零葉。
【写本】人の手で書き写された本。15世紀に印刷技術が発明される以前、ヨーロッパの書物は「写本」だった。
【詩篇】神の栄光を讃える150編の詩からなり、旧約聖書の一書を構成する。修道院や教会の礼拝から一般信徒の私的な祈りまで、古来キリスト教徒の祈りの重要な要素をなしてきた。
【詩編集】「詩編」のテキストに、聖歌や祈祷文、キリストの生涯の記念日や聖人の祝日を記した暦などをあわせて収録した祈祷書。
【聖務日課】決まった時刻に行われる一日8回の礼拝。ミサとともに修道院や教会の典礼(公的な礼拝)の基本をなす。
【教会暦】キリストの生涯を一年の周期にあてはめて編成した暦。
【聖務日課書】時刻や曜日、祝日、教会暦に基づき複雑に変化する聖務日課の全てキストをまとめて収録した書物。礼拝の進行を担当する司祭によって使用されるのが基本だが、次第に一般情徒にも普及した。
【朗読集】聖務日課で朗読されるテキストをまとめた書物。
【聖務日課聖歌集】聖務日課の中で歌われる聖歌をまとめた書物。
【典礼用詩編集】聖務日課の中で使用するために編纂された詩編集。
【ミサ】修道院や数会における中心的な典礼。キリストの十字架上での犠牲と復活を再現し、記念する礼拝。日々、聖務日課の合間に行われ、通常は一時課と三時課の間に朝ミサが、三時課と六時課の間に主要なミサ(盛儀ミサ)が挙げられた。司祭とその補佐役、聖歌隊による朗唱や祈祷、聖歌などから構成され、最後の方にキリストの体と血を表すパンとブドウ酒を分け合う聖体拝領の儀式が行われる。中世のミサは、聖職者たちのみの間で挙げられ、一般の者たちは、自分たちからは隔てられた場所で行われるその儀式をただ漏れ聞くのが通例。
【ミサ典礼書】司祭とその補佐役が唱え、歌うテキストのほか、歌隊が歌う聖歌が所収されている。
【司教定式書】カトリック教会の高位聖職者である司教が執り行う、様々な儀式(堅信、叙階、献堂など)で朗読されるテキストや祈祷文、式次第を記した書物。
【『説教術書』】13世紀のフランシスコ会士、ウェールズのヨハンネスが著した説教の手引書。聖職者のために著された書物だが、あらゆる人のためとなる道徳的規範を説くものとして、とりわけカタルーニャを始めとするアラゴン連合王国で広く読まれた。
【時祷書】聖務日課書を一般信徒向けに簡略化したもの。「中世のベストセラー」。
【『宝典』】13世紀フィレンツェの人文主義者ブルネット・ラティーニの著作。歴史、地理、料学、人間の行動、修辞、政治について百科全書的に記した書物で、ラティーニはこれをフランス亡命中に書き上げた。
【『トーナメント書』】プファルツ=ジンメルン伯ヨハン2世の紋章官を名乗るゲオルク・リュクスナーの著作。938年にマクデブルクで開催された第1回から1487年にヴォルムスで開催された第36回まで、ドイツで行われたトーナメント(馬上槍試合)を記録した書物で、ヨハン2世肝入りでジンメルンの宮廷に設立された印刷所より刊行された。
【イダルゴ】爵位のない貴族で、納税免除などの特権を有した。16世紀から17世紀前半にかけてカスティーリャ王国で頻繁にイダルゴ身分証明書が発行された。
【教会法令集】教父文書、公会議決議、教皇令を中心に、カトリック数会が、その組織運営や信徒たちの信仰、生活に関して定めた法文を所収した書物。
【『グラティアヌス教会法令集』】1140年頃にボローニャの法学者グラティアヌスが著したとされる括的かつ体系的に編築された数会法令集の初例。教会法学を神学から独立させて大きく発展させた同書は、以降数世紀にわたり大学教育における基本書となった。
【『カノン法大全』】『グラティアヌス教会法令集』『グレゴリウス9世教皇令集』『クレメンス集』を所収。20年紀初頭までカトリック教会の公式な法典であり続けた。
【『宣誓の書』】中世フランスで市参事会員や領主が、慣習法の遵守を「福音書にかけて」宣誓する儀式の際に、福音書や同テキストを含むミサ典礼書の代わりに用いた書物。
(以上、キャプションより抜粋)
関連ページ
↓ はまね先生の予習動画
《カマルドリ会士シモーネ(彩飾)典礼用詩編集零葉》
「3章 聖務日課のための写本」に No.59 で展示
↓美術展ナビ レビュー(読売新聞美術展ナビ編集班)
関連書籍
『ザ・コレクター』内藤裕史
新潮社図書編集室
ISBN : 9784109100793
※書店での入手は難しい。国立西洋美術館のショップで販売中。
章構成覚書
1 聖書
聖書=中世ヨーロッパにおける最も重要なテキスト
一般的なレイアウト:左右2カラム(欄)にテキストを筆写、冒頭に装飾イニシャル、各ページ上部に署名が一文字ごとに赤と青のインクを交互に用いて記される。
内藤コレクションの聖書写本零葉の多くは13世紀イングランドおよびフランスで制作された作例。
神学研究の中心地となったオックスフォードやパリでは、膨大なテキストを携帯可能な一冊に収めるため、小さなページに細かな時でびっしりテキストを筆写。
14世紀以降の作例は大型化し、ページ余白に凝った装飾が施されるようになる。
2 詩編集
内藤コレクション:13世紀後半の南ネーデルラントおよびフランス北部、14世紀末から15世紀初頭のイングランドに由来する零葉を中心に20件ほどの作例を含む。
詩編集の写本における装飾の主要な要素は、「詩編」に含まれる詩の各節冒頭に置かれた節イニシャル。
3 聖務日課のための写本
4 ミサのための写本
5 聖職者たちが用いたその他の写本
聖務日課やミサ以外の用途で聖職者たちが用いた写本由来の零葉、ないし親写本の用途を特定するのが難しい作品群
・司教定式書の写本に由来する零葉
・聖務日課やミサなど典礼の際に聖歌隊が用いた聖歌集より切り取られたイニシャル
6 時祷書
・王侯貴族・高位聖職者→有名画家がミニアチュールやページ余白の装飾を手掛けた豪華な作例
・中産階級→既製品としての写本(印刷本)
7 暦
写本に収められた暦
8 世俗写本(非宗教的な内容をもつ作例)
・ブルネット・ラティーニ『宝典』
・ゲオルク・リュクスナー『トーナメント書』
・イダルゴ身分証明書
9 教会法令集・宣誓の書
感想
美術展はアーティストに焦点があたったものが多い。
コレクターと画商、古書店、研究者が主な登場人物なのが新鮮。
キャプションから内藤氏はじめ人々の中世写本への愛がひしひしと伝わってきてくる。
内藤氏が数十年かけ蒐集し愛た美しい写本たち。感謝しつつ拝見させていただく。
ふと「ポケモンだいすきクラブ」が頭に浮かんだ。
…「いやぁ好きですねー」
1985年頃、内藤裕史氏は、パリのセーヌ川沿いに続く屋台の古本屋の軒先で写本作品を見つけ5枚ほど購入。ゴシック美術を、断片とはいえその本物を身近に置けることに、体が震えるような喜びを覚える。
こうして、氏の写本コレクションが始まった。
内藤氏は、完本に比べて安価で手軽、身近に置いて楽しめる一枚物にこだわって蒐集した。
彩飾写本の一枚物は、何かしらの事情により親本から切り取られた"孤児"。
内藤氏が"孤児"の身元を探し、はるばるフェッラーラまで奔走するエピソードも語られる。
余白に描き込まれた絵も可愛らしくて楽しいが、個人的に心惹かれるのは「やりすぎでは?」と思うほどの装飾で、字でも絵でもない"何らかの力を持った何か"になったような写本。
楽譜写本もたくさん展示。
もう満席ですが、一部の楽譜を読み解いたトークコンサートの開催もあるようです。聴いてみたかった!
2016年、内藤氏は自身のコレクションを国立西洋美術館に一括寄贈する。
こちらは氏のもとに残された最後の紙葉。
『西洋版画を視る リトグラフ:石板からひろがるイメージ』(常設展 小企画展 )
常設展 版画素描展示室は「西洋版画を視る」シリーズ第三弾「リトグラフ(石板画)」。
制作工程も動画と展示で丁寧に紹介されている。
大好きなブレダンがあった!
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