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「長い旅路」 あらすじ
過疎地の大規模養鶏場で働く主人公(和真)は、劣悪な労働環境と、同僚からの差別的な冷遇に耐えながら、日々の職務に勤しんでいた。彼が職場で差別を受けるようになったのは……後から入社した大学の後輩に、同性愛者であることをアウティングされたことが発端だった。その頃、和真の大学時代の恋人(拓巳)は俳優としての頭角を現し始め、自身が同性愛者であることを公表した上で活動の幅を広げていた。山奥の閉鎖的な農場で、刺激と娯楽に飢えた人々にとって「イケメン俳優の元彼」は、格好の餌食だった。
それでも、同じ農場内に唯一の味方が居た。かつて和真の指導役だった課長(真田)だ。実は、和真は入社直後から真田に恋情を抱いていたのだが、真田は既婚者であるため、熱き想いは胸に秘めていた。どれほどの冷遇や暴力を受けようとも耐えてこられたのは、真田が居たからである。
しかし、先輩社員(浦田)による「死骸保管庫への閉じ込め」を機に、和真の身体に異変が起こる。意図せずとも身体が死臭を拒否し、不可解な幻聴に苛まれ、従来の業務は遂行できなくなった。そのため、鶏卵のみを扱う部署へと異動になるが、そこで待ち受けていた『腐女子』達は、和真と拓巳の性生活に関する詮索や嘲笑を執拗に続けた。
和真の体調は急激に悪化し、転職活動が難航したこともあり、ついには農薬による自死を図る。
真田と、医療従事者達の尽力によって一命をとりとめた和真だったが、脳には深刻な後遺症が残った。聴力と味覚が失われ、記憶力にも著しい障害が残った。消化器の損傷も酷かった。
母の助けを借りて退職の手続きを済ませ、実家に帰った和真は、収入に固執する父からは冷遇され、たびたび暴力を受けるようになる。
退職から2年後には、父が見つけてきた福祉作業所で働き始めるが、聴者ばかりが優遇される環境に適応できず、わずか1ヵ月で辞めてしまう。そのことも、父の逆鱗にふれる。
そんな和真にとって、心の支えは記憶の中の真田と、動物園にいるサイ達だった。特にサイの観察は、極めて重要な生き甲斐となっていた。
足繁く動物園に通ううちに、そこで出会った絵本作家(吉岡)の度量に惹かれ、和真は実家を出ることを決意する。和真の行動力に初めは驚いた吉岡だが、「困っているなら助ける」と言い出したのは自分であるため、和真を自宅に迎え入れる。
そこで過ごすうちに、和真の健康状態は少しずつ改善していく。
吉岡の家で間借りをしながらも動物園へ通い続ける和真に、園内で声をかけてきた青年(恒毅)がいた。彼も動物園の常連客で、前々から和真のことを気にしていたらしい。
初めこそ恒毅を不審に思った和真だが、交流するうちに絆は深まっていった。特に、お互いが同性愛者であると判ってからは、その絆は より強固なものになっていった。
やがて、和真は吉岡のもとを巣立ち、恒毅と共に暮らし始める。和真が心身に負った傷の深さを知っている恒毅は、まるで保護者のように世話を焼く。しかし、和真が真田への忠義と感謝を忘れることは無かった。
ある時、恒毅の機転が裏目に出る。突如として真田の【死】を知った和真は落胆し、絶望に打ちひしがれる。恒毅は、いたずらに励ますようなことはせず見守るが、和真の体調は なかなか回復しなかった。
和真を連れて病院に行く必要性を感じた恒毅は、自身が「ルームメイト」に過ぎないことを悔やむ。そして、だからこそ真の意味で【家族】になるための方法……養子縁組を、和真に提案する。
和真は、迷った末に提案を受け入れる。
和真は母に自分達が同性愛者であることを打ち明け、婚姻に代わる手段としての養子縁組に踏み切りたい考えを示す。
息子の「幸せ」を第一に考える母は、手放しで賛同する。
名実ともに恒毅の【家族】となった和真は、以前とは別の福祉作業所で新たな一歩を踏み出す。