小説 本好きゆめの冒険譚 第十一頁
"その男"は走って帰って来たせいで、汗が吹き出したシャツがびしょ濡れになっている。
何やら地域振興課は移住希望者の案内等がメインの仕事なのだが、案内をしているとたまにお年寄りから色々と言われるので福祉課とも連携をしているらしい…今回は、後者が原因との事。
「何か、僕に話があるそうで?」
「君は大学の専攻は理系だったよね?」
「はい!成績は余り良い方ではないですけど…」
「君にさ、聞きたい事があるんだけど、今夜、家に来ない?いや、来て欲しいんだ、食事でもどう?家のママの料理は旨いよ!」
と、ジリジリと迫る。顔が近い・・・。
「わ、わかりました!い、行きますので、もう少し離れてください!今の僕は汗臭いんですから!」
慌てて家に連絡の電話をし、"その男"を連れて帰る。
道中、大学時代の話で盛り上がり、これからもよろしくと挨拶をした。
「ただいま〜!」
「パパお帰り〜!」
いつものように、ゆめが抱きついて来るが、知らない人を見て、僕の影に隠れる。
「ゆめ、この人はパパの友達だよ。仲良くできるかな?」
後ろでニコニコ笑ってる男をチラッと見て
「うん!」
と、ゆめは元気よく返事をした。
そう今日は、「ゆめに起こった異変」を相談する為に呼んだのだ。仲良くしてもらわないと困る。
「先に、お風呂に入っちゃって〜」
とママの声が聞こえたので
「良かったら、風呂に入って来いよ。」
と促す。
"その男"が遠慮をしているような気配をゆめが察したのか
「おじさん、一緒に入ろー!」
「「「それはダメー!」」」
小学1年生でも、女の子は女の子、他の男に娘の裸体を見せてたまるか!
娘を守らなければ!こんな時、どれが正解なんだ?
そうだ!こんな時は、これしかない!
「じ、じゃあ、僕と一緒に入る?」
「え?」
「先輩、ソレこそ嫌ですよ!何考えてるんですか!そんな趣味があるんですか!」と、色んな所を手で隠しながら"その男"が慌てふためく。
「あっ、そ、そうだよね!一人で入ってきなよ!アハハハ・・・。」
順番に風呂に入り、僕とゆめが風呂の中で、
「ゆめ、今日は何もなかった?」
「うん、何もなかったよ!」
「そう、学校はどうだった?」
「パパ、学校って凄いの!図書館?って言う部屋があって、沢山ご本があるんだよ!」
「ゆめは、ご本が好きだもんな、よかったね。」
「うん!」
風呂から上がると、"その男"は、日頃の仕事の賜物か、もうママと打ち解けている。
料理がテーブルに運ばれて来る。
「今日の献立はビーフ・ストロガノフよ!いっぱい食べてね!」
見た目はシチューのようなのだか…聞いた事のない名前。
「び、びーふすとろんぐ?」
「いやいや、先輩、ビーフ・ストロガノフですよ。ロシアの料理です。こんな所で食べれるなんて、幸せです!」
ゆめも美味しそうに頬張っている。
食事が終わる頃には、ゆめはすっかりと懐いたようだ。