【映画】アニエスvによるジェーンb Jane B. par Agnès V./アニエス・ヴァルダ
タイトル:アニエスvによるジェーンb Jane B. par Agnès V. 1988年
監督:アニエス・ヴァルダ
ドキュメンタリーとフィクションが合わさった不思議な作品で、ジェーン・バーキンの生い立ちやパーソナリティをベースに、様々な役柄の物語が挿入される。絵画を模した画作りはゴダールのパッション辺りを彷彿とさせるが、こちらはドラマというよりもアイコンとしてのジェーンを絵画的に映し出している。喜劇やスペインの踊り子、「カンフーマスター!」へと至るヴァルダとジェーンのやり取りなど、メタでポストモダンな作風は、ヌーヴェルヴァーグの祖のひとりとしてのヴァルダの視点のウェイトが大きい。マネ、モネ、ダリ、ベーコンなどの絵画や詩、ジャンヌ・ダルクなどヨーロッパの重厚な歴史を踏まえつつ、軽い作風に仕上げるヴァルダの手腕は面白い。
ナックの端役からジョン・バリーとの結婚。欲望での股間丸見えのパンスト姿へのバッシング(ゴダールの1964年の「はなればなれに」でのアンナ・カリーナの太ももまでのストッキング姿と、足先から腹までを覆う”パンティ”ストッキング姿のジェーン・バーキンを比較すると、スウィンギンロンドンよろしくミニスカート含めわずか2年でファッションが大きく様変わりしているのが分かって面白い。)から、フランスに渡りゲンズブールとの邂逅へと至る。
本作の時代を鑑みれば、70年代を通してゲンズブールと共闘していた露悪的なエロチシズム全開なヌードも楽しんでいた楽観的な頃から大分過ぎた時代であって、40歳という齢の不安感への対峙も本作のテーマである。70年代は俳優としてのキャラクターが立脚出来ずドタバタコメディや、ゲンズブールの「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」などセクシャルな映画が主だった時代から、ゴダールの「右側に気をつけろ」への出演や、ジャック・リヴェットの「地に落ちた愛」などヌーヴェルヴァーグ勢の80年代作品への出演で、新たな地平へと踏み出した時代でもあった。本作はその中でもより自身へと深くコミットした作品であり、「カンフーマスター!」共々彼女(とヴァルダ)の自己決定の上で成り立っているのが、今振り返るべき点であると思う。自主的にライブを敢行したりと、ゲンズブールの表現体としてのペルソナから離れて自己を立脚し始めた時代の始まりでもある。
ヴァルダにも指摘されていたが、すきっ歯が印象的な笑顔がトレードマークなジェーンにとって、笑う事よりも悲しい演技の方を好んでいるというのは意外だった。笑顔でカメラに向かって走ってくる画は本作でも登場するが、それを踏まえた泣き叫ぶシーンの迫真の演技も確かに真に迫ってくる。
しかしながらそれ以上にナチュラルな彼女の姿は、エッフェル塔をバックに、自身の名が冠されたエルメスのバーキンをこともなげに中身をひっくり返すシーンだろう。使い古されて取っ手は綻んで、雑に入れ込まれた書類や紙幣、インクボトル(蓋が緩んだら…といらぬ心配が過ぎる)などあっけらかんとただ単に道具としてのバッグとして扱っている様子は何故か心地よい。大切に扱っているのがカゴバッグというのもジェーンらしい。
ヌーヴェルヴァーグとの繋がりでは、ジャン=ピエール・レオーとのシーンもファンとしては嬉しい演出。
年を取っても内側からみなぎるアイコンとしての姿の美しさと、年齢による変化を物ともしない。しかし、本人も語っているように不安との戦いであり、そこに向き合わせようとするヴァルダの視点が重なる時、方や女中になりきりアイコンからも外れていく。イギリスの上流階級である彼女の普通への希求が伝わってくる。そんな作品だった。