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【映画】どうすればよかったか?/藤野智明


映画を観て昔のことがフラッシュバックしたので、少しばかりその話をしたい。
僕が幼い頃、共働きの両親の店のお客の中に何人か若い女性がいて、その人たちが僕の子守りをしていた。その中の一人に映画付きのKという女性がいて、よく映画に連れて行ってくれた。スターウォーズやウィローなど子供が見ても大丈夫なハリウッド映画が主だったが、僕が映画好きになったきっかけはKが連れて行ってくれたことだと思う。映画好きなKは何年か後に映画を学びにフランスへと単身留学に旅立った。留学先から手紙が何度か送られてきてはいたが、まだ未就学児だった僕がその手紙を読んだ記憶はない。何年か経った後に体調を崩し、九州の実家に帰ったと親から聞かされた。少し時間が経ったある日、Kから電話があり「大好きなKと話が出来る」と思い電話を代わってもらった。しかし会話は支離滅裂でままならず、まだ小学生だった僕は怖くなりすぐに母親に受話器を渡してしまった。
母親から聞かされたのは、統合失調症になり様子が変わってしまったということだった。本作「どうすればよかったか?」の投薬前の様子を見てその時の電話越しの様子を思い出した。映画の中の姉とKは年も同じくらいなので、その後のことを考えるとどうしても重なり合ってくる。Kとはその電話以来話すことも会うこともなく、今どのように暮らしているのかはわからない。
昨年僕の母が亡くなり遺品整理をしていたらKからの手紙が束になって出てきた。手紙の日付を見ると大体半年ごとのインターバルで届いていたようだ。フランスに到着したばかりの初々しいものから始まり、パリ市内の家賃が高く中々次のアパートが見つからないと書かれていた。どうやら手紙が来るたびに引っ越しをしていたようだ。手紙の内容も徐々に金銭的に切迫している雰囲気を漂わせつつ、明るく振る舞うKの文章に気丈に振る舞おうとする痛みを感じる。以前、Kが統合失調症になったきっかけを父から聞かされたことがあり、医療か何かの実験に参加したことがきっかけで調子がおかしくなったということだった。Kの手紙の内容からパリでの日々の生活費を稼ぐために、そういった実験に参加したのだろうということは想像に難くない。

それにしても本作「どうすればよかったか?」の中に含まれる問題はまさにタイトル通りで、破綻した家族間が破綻したまま持続されていく様が描かれる。家族という閉鎖的な空間の中で、姉が統合失調症を理由に社会から隔絶されていく様は壮絶以外の何者でもない。追い討ちをかけるように医療関係者だった両親の下で、隠蔽するように何事も無いと烙印を押され解決に向かう道を断たれていた状況が、年を追うごとに状況が悪化してく様は凄まじい。家族を記録し続け、対峙するのも大変だったと思うが、段々と顕になってくるのが姉自身への気配りよりも、世間体への忖度や家父長制という社会的なシステムが根幹にあるようにも感じられた。
そして一番驚いたのが会話もままならなかった姉が、投薬を始めた途端に意思疎通が取れる状態に変化したことだった。投薬後はピースサインをしたり、おどけてみたりと明らかに大きな変化をもたらしていた。もっと早く治療が始められていたら…と思う瞬間でもあった。さらにその出来事に前後して母親が認知症を患い、毎日何者かが家に侵入してくるという妄想に取り憑かれている状況だった。この頃の家の中の状況を見ると、物が散乱しソファーの上にも物が積まれていて、劇中の中でも一番家族が破綻している状況に思えた。闘病、介護というダブルヘッダーの中で状況が悪化していく様は、どうにも出来ない現実をまざまざと見せつけられる。
ラストの父親との会話で、真実かは別として何がきっかけだったのかが語られるが、おそらく両親の中である種のコンセンサスが取られていたのは間違いないと思う。医療従事者で研究者である両親のプロフェッショナルであることの自負と、理解があらぬ方向へと向かい、専門外である監督本人が蚊帳の外へと置かれる状況。目の前にある山積された問題を目の前に、どうすることもできない状況は一体どうすればよかったのか?その問いだけが宙を舞っている。

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