【映画】国境ナイトクルージング Breaking Ice/アンソニー・チェン
タイトル:国境ナイトクルージング Breaking Ice 2024年
監督:アンソニー・チェン
冒頭の氷を口に頰張り噛み砕く時の静かさの親密さと、それを打ち崩す友人の掛け声で静寂が崩れていく。この映画がどういう作品なのかが冒頭から伝わってくる。しかしながら中国語と韓国語が入り混じり、結婚式は韓国式に挙げられていて、中国人観光客を乗せたバスに連れられていくのは餅つきとキムチの作り方の実演で、サムルノリみたいな舞踏も登場して一体ここは何処なんだ?と混乱させられる。タイトルの通り舞台は中国の国境沿いで、という事は北朝鮮と接している場所で韓国ではない。どうやら北朝鮮に接する中国の国境沿いにある延吉というコリアンタウンで、そのような土地がある事を初めて知った。人口の半数が朝鮮系で、かつて移民が大量になだれ込んだ事でそういう場所が生まれたらしく、観光地として人気のようだ。ネオンの看板にはハングルと中国語が並び、主人公たちが啜るカップラーメンもハングルの文字が見える。北朝鮮を挟んでいるせいか、韓国文化を含む朝鮮の文化と中国の文化が折混ざる作品はあまり見たことが無かったので新鮮に映る。とはいえ中国らしい極彩色のネオンは質素な風景に突拍子もなく存在しているのがらしい感じでもある。ネオンが明るければ明るいほど、何故か侘しさも同時に感じてしまうのは、中国映画を見ていていつも感じる。
男二人と女ひとりという構図に既視感を覚えたが、書店で走り去るシーンを見てゴダールの「はなればなれに」だ!と思ったら、案の定監督のインタビューで明らかにされていた。監督はトリュフォーの「突然炎のごとく」をリファレンスにしていたという事で、映画全体に流れる空気感はヨーロッパ映画に通ずるものがある。
アンビエントな音楽や、幻想的なシーンなど雰囲気ものと言ってしまえばそれまでなのだけれど、心情を映像で表すインティメイトでミニマムな表現はかなり好みだった。冒頭の氷を頬張るシーンや、雪を蹴るシーン(希死念慮を上手く描いている)、霧のように雪が降る中車を走せる。氷の迷路の中を彷徨う三人や、川の氷上をスケートで滑るシーンなど現実と幻想が入り混じり、言葉ではなく映像で見せる事でそれぞれが抱える心の内が描かれる時に高揚感を覚える。
中盤で早々にセックスシーンが盛り込まれ、三人のバランスが崩れかけても、三人の関係が続いていく所はなんとも切なさを含み、その膨らみを保ったまま進む辺りは中々に心に刺さってくる。三人とも土地の人間ではない孤独を共有する形の描き方は、危ういバランスの中でお互いを支え合う姿がこの映画のポイントなのだなと感じる。
「少年の君」で体を張った演技が印象に残るナナ役のチョウ・ドンユイの野暮ったい魅力もさることながら、ハオフェン役のリウ・ハオランの繊細な演技が本作の要となっていた(風間俊介に似てる)。このふたりの官能とは違う心の拠り所を求め、隙間を埋め合うセックスシーンは本作の見どころだった。
ただし作品自体が満足かといえばそうでもなく、もっとドラマ的な説明部分を削ぎ落として、ミニマルにソリッドに描かれていたらより良い作品になったのではないかと感じてしまった。映像で語らせる部分が多いだけに、かえってそれが説明過多に感じられてしまって、もっと観客を突き放して想像できる余地があれば傑作になり得たのではないか。CGの熊も物語の上で繋がりは理解出来るが、あまりにもCG然としすぎていて少し冷めてしまった。
キン・レオンによるアンビエント主体のサウンドトラックは刹那と幻想を上手く捉えていて、映画にばっちりハマっていた。サントラがあれば物で欲しいな。