【映画】あんのこと/入江悠
タイトル:あんのこと 2024年
監督:入江悠
俳優陣の配役は中々良く、下手すると浮きがちな佐藤二朗や稲垣吾郎(「窓辺にて」など最近の俳優業は結構好き)がちゃんと役所に収まっていた。何より「不適切にもほどがある」でも印象的だった河合優実の浮き沈みある役が見どころだったと思う。一番驚いたのが母親役の河井青葉。濱口竜介監督の「偶然と想像」で演じた朗らかな役とは真逆の、どうしようもなく病的なまでに暴力的な演技は見ていて嫌になるほど強烈。観劇中は気が付かなかったが後から河井青葉と知ってあの人が!?とびっくり。一番凄みがあったのはこの人だったのかも…。
とはいえ映画としてはどこか入り込めない部分もあり、少し消化不良気味だった。というのも監督のインタビューを読んでなんとなく引っかかった部分が見えてきた。
史実に基づいて作られたこともあって、過剰な演出を避けたと思わる。キャラクター造形の上で、ドラマが現実を上回る事がないようにかなり慎重に配慮を重ねて作られたのだと思う。ただその慎重さがどうも映画として盛り上がりきらないようにも感じられてしまい、全体的に少し平坦な印象が残る。つまらないわけではないし、テーマとしても社会構造の不条理さは十二分に感じられる。ただその一方で、今一つ感情を奥底から突き上げる部分までは至らなかった。
現実にあった事柄を無理に超えないように抑制が効きすぎてしまった感はどうしても感じてしまう。とはいえ映画としては過剰なドラマ性はどうしても必要になってしまうし、その塩梅は凄く難しい部分ではある。フィクションとノンフィクションの垣根を越えきらなかった所に、僕自身の消化不良の要因はあったのかもしれない。映画としてのカタルシスが上手く醸成される所までは至らなかったというのは、無下に駄作と烙印を押すのは少し違う。ただドラマツルギーとして、ある種の高みまでは行き着く事が出来なかったと感じたのも正直な所強く感じてしまった。
だからと言って、この映画が取るに足らないものかというと全くそうは思わない。トー横キッズの問題がコロナ禍を通じて露呈したように、弱者の川の物語は今描くべきテーマのひとつだと思う。毒親と教育が至ることが出来ない人々。ケーキを分割出来ない人たちについての新書があったように、家庭環境から教育をまともに受ける事が出来ず、小学生程度の教育もままならない人たちもいるという現実を突きつける。市井の人々にとっての常識が、全く通用しない現実も社会からマスキングされたもうひとつの社会も存在している。
そこから這いあがろうとしながらも、結局のところ這い出せずにもがいたまま自死を選んでしまう辛い現実がそこにある。薬物と自死が重ならないように、大きく覆い被さる闇が足元を掬う危うさ。社会的な立場を持ちつつも人は簡単に転落してしまう脆さは、登場人物全てに言える事でもあるし、観ている我々全員にも言える事でもある。
成功も失敗もその場限りの事であり、日々を持続させる事の大変さはこのような辛辣な物語ではなくとも、常にすぐ横に存在している。その現実への警鐘としてこのような映画が存在している事への、意識を持つ事は無駄ではないと思う。
ひとつ気になったのは、音が過剰に強調されていた事。監督の出自からブーンバップ的な音処理がされたのかもしれないが、繊細な物語に対して少し無遠慮な雰囲気が醸し出されてしまったのは如何なものかと少しばかり気掛かりだった。