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フランスの移民問題と出生地主義の見直しの議論


 2025年2月7日、フランスのジェラルド・ダルマナン司法大臣が、フランス国内で生まれた人にフランス国籍を与える「出生地主義」を廃止するためには憲法改正が必要だと発言しました。
 これに対し、バイル首相はフランスの市民権について幅広い議論を国民に訴えました。この議論は以前から存在していましたが、不法移民が大量に押し寄せ、その子どもたちがフランス国籍を取得する状況を見直すべきではないかという声が、改めて高まってきています。

 昨年の総選挙ではどの政党も過半数を取れず、12月にバイル首相が就任しました。バイル氏がこの議論の促進を訴えていることで、フランス国内での議論が活発になりつつあります。

フランスの出生地主義とマヨット島

 出生地主義の影響が特に顕著なのが、フランス領のマヨット島です。マヨット島は、インド洋のマダガスカルとアフリカ大陸の間にある小さな島で、人口は約32万人、面積は日本の淡路島よりも小さいほどです。1841年にフランスの植民地となり、2011年に正式にフランスの海外県となりました。

マヨット島の不法移民問題

 マヨット島では近年、不法移民が大量に押し寄せ、深刻な問題となっています。人口は約32万人とされていますが、不法移民が10万人以上いるとも言われており、実際の人口は誰にも分からないとも言われています。確認されている人口のうち48%が移民ですが、実際にはそれを上回ると見られています。
 不法移民の多くはアフリカ大陸からボートに乗って渡ってきますが、その目的の一つは、フランス領で子どもを産み、出生地主義によってその子どもがフランス国籍を取得できるからだと言われています。

 このため、移民の数が元々の住民の数を上回る状況になりつつあります。2022年にマヨット島で生まれた子どもは10,730人で、そのうち両親が外国人である子どもが44%に達しました。これらの子どもたちが18歳になった際に国籍申請を行えば、やがて移民の子どもたちがマヨット島で多数派を占めることになる可能性が指摘されています。

出生地主義の見直しの議論

 こうした状況を問題視する声は以前からあり、「両親が外国籍の場合はフランス国籍を与えないようにするべきだ」という主張が増えています。しかし、それに反対する意見もあり、議論が続いています。

出生地主義の見直しに向けた憲法改正の壁

 今回発言が注目されたダルマナン司法大臣は、もともとマヨット島の問題を背景に、移民の子どもから市民権を剥奪することなどを主張してきた人物です。しかし、フランス全土で適用されている出生地主義をマヨット島だけ例外とすることは難しく、それを実現するには憲法改正が必要です。
 憲法改正には国民投票で3分の2の支持を得る必要があり、そのハードルは非常に高いとされています。

治安の悪化とフランス本土への影響

 マヨット島では、不法移民が違法な建物を建設し、スラム街で暮らすようになり、武器を所持して民兵組織を形成する動きも出てきています。このため、フランス政府は2021年から3年間にわたって不法移民の摘発作戦を実施し、数千件の違法建築物を撤去、数万人の不法移民を強制送還しました。

 以前は、フランス本土の国民にとってマヨット島の問題は遠い話のように感じられていました。しかし近年、フランス本土でも不法移民の流入が増加し、同じような問題が起こりつつあります。「フランス本土もマヨット島のような状況になるのではないか」という懸念が高まり、出生地主義の見直しを求める声が強まっています。

国外退去命令の実態
 フランスではこの事件をきっかけに国民が怒り、国外退去命令が出ている者の速やかな退去を徹底するべきだという議論が起こっています。

フランスでの殺害事件に見る不法移民問題

 また、昨年12月にはマヨット島を大規模なサイクロンが襲い、多数の死傷者を出しました。被害状況の把握が困難になったことで、改めてマヨット島の現状に注目が集まりました。こうした状況も、出生地主義の議論が再燃するきっかけの一つとなっています。

バイル首相の狙いと政治的背景

 バイル首相は2月5日に予算案を可決し、昨年夏から停滞していた予算がようやく決定しました。この影響で、フランス国債の利回りがドイツ国債と比べて上昇していた状況も、2月に入って少し落ち着いてきています。

 バイル首相が出生地主義の議論を促進しようとしている背景には、フランスの財政問題もあります。比較的手厚い社会保障制度が、不法移民の子どもたちにも適用されており、それが財政を圧迫する要因の一つとなっています。バイル首相は「フランス人であることの意味や権利、義務について、議論を先延ばしにするべきではない」と訴えています。

フランス財政問題の核心
 フランスは欧州諸国の中でも特に財政状況が厳しいとされています。少子高齢化が進む中、手厚い社会保障制度が国家財政を大きく圧迫していることが、その主因とされています。

フランスの政治的な混乱と仏国債の利回り上昇

 政治的な側面もあります。昨年の選挙では、「極右政党」とされる国民連合(RN)の勢力拡大が注目されました。不法移民が国内で問題を起こし逮捕されるたびに、国民連合の支持率が高まっています。移民に不満を持ちながらも、他に選択肢がないため国民連合(RN)を支持する人も増えていると見られています。バイル首相は、出生地主義の議論を前面に出すことで、国民連合(RN)への支持の流れを抑えようとしていると考えられます。

今後の見通し

 フランスでは移民政策をめぐる議論がますます活発になっています。出生地主義の問題はフランスだけでなく、欧州全体の課題でもあり、引き続き政治の重要な争点となっていくでしょう。この問題に関する議論が進展し次第、最新の情報をお伝えしていきます。今後ともよろしくお願いいたします。


ご参考(移民記事のまとめ)

■ 世界的な移民の増加問題に関する一考察(2024/7/14)
■ メディアが報じない移民問題(2024/8/27)
■ メディアと父親とSNS時代の不法移民の話(2024/9/20)
■ フランスのシャンパン業界に見る移民労働の現状(2024/10/3)
■ 韓国における少子化と移民問題と高麗人について(2024/10/30)

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