ソニー生命の損失の発生原因とALMの解説
ソニー生命が国内債券の売却損失を出している件について解説します。農林中中央金庫が膨大な損失を出したことなどを説明してきましたが、今回のソニー生命の件は、そこまで膨大な金額ではなく、金融危機に繋がるような話でもありません。
しかし、最近の国内の金利上昇の影響が金融機関の経営に影響を与えていることや、金融機関の資産と負債のコントロール(ALM)の難しさを改めて認識するという意味で非常に興味深いものとなっています。
ソニー生命の現状
この件は日経新聞などでも取り上げられていましたが、機関投資家の視点で、昔から彼らの資産運用を見てきた立場で解説したいと思います。まず、ソニー生命という会社がどのような状況になっているかから説明します。
ソニー生命の売却損失の詳細
ソニー生命は2024年4~6月期に含み損を抱えていた国内債券を売却し、有価証券の売却損などを含めたキャピタル損が513億円になりました。一方で、生命保険会社の基礎利益(利息や配当を合わせた利益)が366億円となり、キャピタル損と合計すると147億円のマイナスになりました。
保険会社の運用の成果としては、この基礎利益(利息や配当を合わせた収入)に売買から生じるキャピタル損益を合わせたものが会計上の成果となります。通常はこれがマイナスにならないようにするのですが、ソニー生命はこれがマイナスになりました。データが遡れる2007年以来初めてのことです。
他の保険会社との比較
他の保険会社は債券の売却損が出ても、株の含み益が多くあるため、株を売却することでキャピタル損益がマイナスにならないように調整しています。しかし、ソニー生命はほとんど株を持っていなかったため、それができませんでした。
ソニー生命のポートフォリオは全体で11兆円ほどありますが、そのうち国内債券が80%、外国債券が20%、株は0.07%しか持っていませんでした。つまり、株を売りたくてもほとんど持っていなかったため、金利上昇で含み損を抱えた国内債券を売ることになり、損が出たということです。
ソニー生命の国内債券売却の背景
では、なぜソニー生命は国内債券を売らなければならなかったのでしょうか。金利が上がってきたことで保険を解約する人が増え、その結果、払い戻しに対応するために、キャッシュが必要となったからです。
保険契約時には予定利率というものがあり、保険会社は預かった保険料をこの予定利率で運用することを前提に保険の金額を決めています。予定利率が高いほど保険料は安くなります。
金利が上がると、同じ保証内容でより安い保険料の契約に乗り換えることができる場合があり、解約する人が増えます。これは業界全体で共通することなので、他の保険会社でも同様のことが起こっていると考えられます。
ポートフォリオの違い
ただ、ポートフォリオにおいて、いわゆる四大生保や日本の古くからある保険会社は資産を株や不動産で多く運用しているため、株の含み益が多く、解約が増えても株を売ってキャッシュを作ることでキャピタル損益がマイナスになることはありません。
一方、ソニー生命のようなカタカナ生保はポートフォリオの中に株を持っていないところが多く、そういったところが現在苦しい状況にあります。
国内金利上昇の影響
国内金利の上昇で悪影響が出ている国内の金融機関があること、特に保険会社の中で株を持っていなくて国内債で運用してきたところが厳しい状況にあることがわかります。日経新聞などでも取り上げられていました。
ソニー生命など国内債券で運用してきたところがダメだったという捉え方になりそうですが、私は長くこの業界を見てきて、少し見方が異なります。確かに今、ソニー生命などのカタカナ生保が苦しい状況にありますが、長らく問題だと言われてきたのは四大生保を含めた日本の古い保険会社の方です。
ALMの重要性
カタカナ生保と四大生保では資産運用ポートフォリオが全く異なります。いわゆるALM(アセット・ライアビリティ・マネジメント)をしっかりやってきたのがソニー生命などのカタカナ生保で、きちんとやっていないと言われてきたのが四大生保です。
ALMとは、負債(将来の保険金の支払いなど)に合わせて資産運用を行う考え方です。保険会社は例えば、円で30年後に保険金の支払いを行う場合、30年の円建ての債券で運用します。そうすれば将来の支払いに困らないという考え方です。30年後に円で保険金を支払うのに外貨で運用していたら、円高でそのお金が減ってしまうかもしれません。株で運用すると株価が下落して将来の支払いができなくなるかもしれません。将来の支払いに合わせた資産運用をしようというのがALMです。
日本の古い保険会社の問題
四大生保を含めた日本の古い保険会社は戦前からやっている会社も多く、当然そのような昔にALMという概念はありませんでした。債券市場もなかったため、保険会社は集めた保険料で株や不動産に投資していました。
しかし、アメリカの金融機関でALMをきちんととやっていなかった会社が破綻するなどの事態が起こり、ALMをきちんとやった方がいいという考え方が広がりました。アメリカでは1980年代、日本ではバブル崩壊もあって1990年代にそうした考え方が広がりました。
カタカナ生保の特徴
カタカナ生保は比較的新しい会社が多く、会社ができた時からALMという概念があり、最初からALMをしっかりやってきているところが多いです。カタカナ生保の資産運用は、円で保険金を支払う保険の運用は国内債で、外貨保険の運用は外貨で徹底し、ALMもしっかりやってきています。これらの保険会社は資産運用ではなく、経費を削減することを利益の源泉にしており、運用リスクはあまり取りません。ALMをしっかりやっている会社であると、この30年ほどそういう評価を受けてきました。
ソニー生命の問題点
しかし、実際にソニー生命は現在苦境に立たされており、国内債券を売却せざるを得なくなり、大きな損失を出していることは紛れもない事実です。では、ソニー生命は何が悪かったのでしょうか。ALMをしっかりやっていたのではないかと思われるかもしれませんが、おそらく金利上昇時に既存の保険の解約が発生する確率を見誤ったのだと思います。
日本では数十年にわたり利上げ局面を経験しておらず、データもないため、見誤ることが起こってしまったのではないかと考えています。
保険解約の予測の難しさ
保険の解約が発生する確率を予想するのは非常に難しいことです。保険会社は預かった保険料を将来に向けて運用していくわけですが、一部解約が発生する可能性を考慮する必要があります。
そのため、一部を期間の短い債券で運用する必要があったと見られますが、その量が少なかったのだろうと思います。この点、ALMのやり方が再び研究されるきっかけになるでしょう。
ポートフォリオの分散の重要性
今回の問題で改めて認識したのは、ポートフォリオの分散の重要性です。ALMを徹底して国内債券ばかりで運用するのではなく、外貨や株を持つことで、今回のように一部損失を緩和することができる場合もあります。
また、リスク資産が大きく売られる円高が起これば、今度は四大生保を含めた日本の古い保険会社が経営問題に直面する可能性もあります。ソニー生命にも問題はありましたが、四大生保を含めた日本の古い保険会社も決して素晴らしいわけではないというのが私の認識です。
皆様もポートフォリオは少し分散しておいた方が良いでしょう。
ご参考