イギリスの財政難と「ピア」入場料導入の話
これまでもイギリスの地方財政が苦しいことについて解説してきました。そうした状況の中で、現在イギリスでは様々な場所でお金を徴収する動きが出ています。その中で、最近話題になったのが「ピア」です。
「ピア」とは日本語で言うと「桟橋」のことで、本来は船が横付けして荷物を下ろしたり、人が乗り降りするための場所です。しかし、イギリスにおける「ピア」は現在、船のためではなく遊園地や市民の憩いの場として利用されています。イギリスには数多くのピアがあり、観光スポットとしても人気が高く、長い歴史を持っています。
こうしたピアに入場料を導入する動きが、最近の財政状況の悪化を背景に増加しています。
クロマーピアと入場料導入の議論
2024年9月、イギリスで最も歴史のあるピアの1つである「クロマーピア」が注目を集めました。クロマーピアが所在する地方政府が、130万ポンド(約2億5,000万円)の予算不足を補うため、入場料導入に関する法案を議会に提出したのです。
クロマーピアの歴史
クロマーピアの歴史は非常に古く、1300年代に存在していた記録が残っています。16世紀のエリザベス1世の時代には小麦などの地域作物を輸出するための船が出入りしていました。その後、嵐や船の衝突によって何度も破壊と再建を繰り返し、19世紀には石炭を輸出する船が多く利用していました。
船場としての役割を終えると、クロマーピアは市民の憩いの場へと変化しました。映画館やローラースケート場、レストランが備えられ、1902年に現在の形となりました。それから120年以上にわたり、多くの人々に愛されてきました。
クロマーピアの入場料導入の結論
地方政府が提出した入場料導入法案は議論を呼びました。
しかし、「みんなのものであるピアで入場料を取るのは適切ではない」との判断から、最終的に議会は法案を否決しました。これにより、クロマーピアでは入場料は導入されないことになりました。
入場料導入の例
一方で、入場料を導入したピアもいくつかあります。その代表例が「ブライトンピア」です。
ブライトンはロンドンから車で約2時間南に行った海沿いの町で、サッカー日本代表の三笘薫選手が所属するクラブがあることでも知られています。ロンドン在住の日本人にも馴染み深い場所で、夏にはビーチで遊ぶ人が集まり、日本で言う「湘南」のような雰囲気のエリアです。
ブライトンピアは桟橋の上に遊園地が広がるユニークなスポットで、ジェットコースターやゴーカートなどの大掛かりなアトラクションがあります。また、ゲームセンターにはコインゲームがあり、本物の1ペンスや5ペンス硬貨を使って遊べます。このレトロな雰囲気がイギリスらしさを感じさせる一方で、老朽化が進んでいるため、木製の床に隙間があるなど、少しスリルを伴う部分もあります。
2024年5月、ブライトンピアでは入場料として1ポンドを徴収するようになりました。
他のピアでの入場料導入事例
ブライトンピア以外にも、ボーンマス、サマセット、サウスエンド、ワイト島などのピアでも入場料が導入されました。
これまでイギリスでは、公園や博物館といった「みんなのもの」は公平に無料で利用できることが重視されてきました。そのため、たとえ1ポンドでも有料化されるのは、少し残念なことだと感じる人も多いでしょう。さらに、将来的に入場料が引き上げられ、よりお金を持っている人だけが利用できるような状況になる懸念もあります。
地方財政の課題
地方政府の財政状況が厳しい中では、他に選択肢が少なく、やむを得ない決断を迫られている自治体も少なくありません。
例えば、イギリスでは一部の自治体がゴミ収集の頻度を減らしたり、街灯を消したりすることでコスト削減を行っています。特に冬季にはロンドンでも午後4時には暗くなるため、街灯の減少は安全性に大きな影響を及ぼす可能性があります。
こうした中で、比較的「取れる」選択肢として、ピアの入場料導入が検討されるケースが増えています。
荒廃したピアと未来への懸念
イギリスには多くのピアがある一方で、経営難やその他の理由で荒廃したまま放置されているピアも存在します。所有者が変わったり、活用されずに放置されているピアの中には、夜になると不気味な雰囲気を漂わせるものもあります。
これらの荒れ果てたピアが増え続けることは、歴史的にも文化的にも損失となるでしょう。今後の地方財政の厳しさを考えると、イギリスのピアが全体としてどのように維持され、活用されるべきか、難しい課題に直面しています。
総括
イギリスのピアは、地域住民や観光客にとって重要な存在でありながら、地方財政の逼迫によって新たな運命を迎えつつあります。入場料を導入する動きは、一部では理解を得られるものの、イギリスがこれまで大切にしてきた「みんなのものは無料で」という理念に反する部分もあります。
ピアを存続させるためには、現実的な財源確保策とともに、歴史的価値や地域住民の意見を尊重したバランスの取れた方策が求められるでしょう。
ご参考(イギリスの暮らしの記事のまとめ)
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