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サウジアラビアの観光政策の現状


 2024年12月6日、毎日新聞は「石油から娯楽へ 観光客年1.5億人 サウジアラビアが新目標」という記事を掲載しました。
 その中で、サウジアラビアの観光大臣が書面インタビューに応じ、新たな目標を掲げたことが取り上げられています。一見すると新しい発表のように見えますが、実際にはこの目標はすでに知られていた内容です。新目標として紹介されているものの、実態としては目新しさはありません。

観光目標の経緯とその背景

 サウジアラビアは「ビジョン2030」という国家戦略の一環として、石油への依存から脱却するため、観光業を経済の柱の一つに据えています。このビジョンの下、2030年までに年間1億人の観光客を達成するという目標を掲げていましたが、この目標は2023年に前倒しで達成されました。それに伴い、次なる目標として2030年までに年間1億5000万人を達成する計画が発表されました。この新しい数値目標は、観光産業をさらに発展させる意図を示しており、2030年に向けたサウジアラビアの戦略の中核をなすものです。

出所)NEOM

 しかし、ここで重要なのは、観光客1億人や1.5億人という数字が国内観光客と外国人観光客を合わせた総数を指している点です。サウジアラビアの総人口が約3,000万人であることを考えると、国内観光が観光客全体の大部分を占めていることが分かります。

サウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia)
人口
3,217.5万人(2022年、サウジアラビア国勢調査)

外務省HP

2023年の観光客数の詳細とその内訳

 2023年の観光客総数が1億人を突破したとされていますが、その内訳を見ると、約8,190万人が国内観光客で、外国人観光客は2,740万人にとどまっています。この外国人観光客数を比較すると、日本の2023年における訪日外国人2,500万人を上回る規模ではあります。
 しかし、外国人観光客の大部分がメッカへの巡礼を目的としていることを考慮すると、これが娯楽や観光の成果とは言い難い状況です。

サウジアラビアにあるイスラム教の2大聖地と言えばメッカとメディナです。メッカは今も異教徒が入ることは許されていません。

サウジアラビア観光ガイド

 メッカへの巡礼はイスラム教徒にとって一生に一度は果たすべき宗教的義務とされています。そのため、訪れる理由は宗教的なものであり、観光地としての魅力が増加した結果とは異なります。また、サウジアラビア政府が発行する巡礼許可証の発行数を増やしたことが、巡礼者数の増加につながっています。つまり、政策的な調整による増加であり、観光地としての魅力の向上によるものではありません。

メッカ巡礼者の増加と経済効果

 巡礼者の増加はサウジアラビア経済に一定の効果をもたらしています。巡礼者は滞在中に宿泊費や飲食費、交通費を消費するため、経済的な恩恵があります。そのため、サウジアラビア政府は巡礼者の受け入れ体制を強化するためのインフラ整備を進めています。具体的には、以下のような取り組みが行われています。

  • メッカとメディナを結ぶ高速鉄道の開通

  • 新しい国際空港の整備や既存空港の改修

  • ホテルや宿泊施設の増設

 これらの整備により、巡礼者の利便性は向上しましたが、課題も残っています。特に、2024年の夏には1,300人以上の巡礼者が熱中症などで亡くなったという深刻な事例も報じられています。巡礼者の多くが裕福ではない場合が多く、安全面や許可制度の運用にはさらなる改善が求められます。

テーマパークやリゾート開発の限界

 サウジアラビアはテーマパークやリゾート施設の建設を進め、観光産業の多様化を目指していますが、これらの取り組みだけで何千万人もの観光客を呼び込むのは難しい現実があります。
 例えば、東京ディズニーランドにおける2023年の外国人来場者数は約350万人であり、大規模なテーマパークであってもその程度の規模にとどまることを考えると、サウジアラビアが目指す1億5,000万人の観光客という目標を達成するには、巡礼以外の観光資源を活用するだけでは不十分です。

観光産業の発展

 本当の意味で観光産業を発展させるためには、既存の資源である聖地巡礼の需要を最大限に活用しつつ、観光インフラの整備を続けていく必要があります。また、観光客の安全対策を強化し、気候変動への対応を進めることで、より多くの人々が快適に訪問できる環境を整えることが重要です。
 一方で、テーマパークやリゾート施設は象徴的なプロジェクトとして一定の役割を果たしますが、数千万人規模の観光客を呼び込むには、都市全体を観光資源として整備する必要があります。
 
例えば、世界で最も多くの観光客が訪れるパリは市内全体が観光地として機能しています。サウジアラビアもその方向性を模索していく必要があるでしょう。

総括

 サウジアラビアの観光政策は巡礼者の需要を基盤としながらも、観光業全体の多様化を目指しています。しかし、現在のところ巡礼が観光客数の大部分を占めており、テーマパークやリゾートの開発が大きな成果を上げているわけではありません。今後も観光インフラの整備とともに、長期的な視点で観光産業を発展させることが求められるでしょう。
 サウジアラビアの観光政策について深く掘り下げて解説しました。皆様の理解を深める一助となれば幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。


ご参考(サウジアラビア記事のまとめ)

■ サウジアラビアの巨大箱物プロジェクト(2024/4/18)
■ サウジアラムコの決算とサウジアラビア経済(2024/5/9)
■ サウジ政府系ファンド、任天堂株式の一部を売却(2024/10/9)
■ サウジアラビア経済と欧米企業の関係(2024/10/27)
■ 2034年のW杯開催国であるサウジアラビアの計画(2024/12/21)

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