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第1章 N.Reverie

第1章 N.Reverie
Vol.1
私は不思議な夢をみる。

それは私の余命があと一年もないと知らされるものだ。父はそういう時決まってタバコを吸っていた。煙の匂いが嫌いだったのにー。そんなことを思っていると、世界が暗転し、目が覚める。

私は生きている。

そう、夢を見てから3年経つ。

私は生きている。

 そう思うことができるのは、この目が朝日を眩しいと感じるから。この耳が目覚まし時計の音を嫌がるから。この胸が熱く拍動を鳴らすから。私の身体の細胞の一つ一つが生を感じることがきっと生きているということを私に実感させる。たまに思う、私の細胞一つ一つが連なって私ができているという事を。なんだか私をものすごく拡大すると点描のように細胞がひしめき合っている。そんな風景を想像するとちょっぴり気持ち悪くなる。ああ、また想像してしまっった。重たい体を起こして、わたしはベッドから降りた。カーテンを開け空を見ると今日はどうも土砂降りの雨が降っていた。春の雨は嫌いだー。春雨という言葉がある。かつての日本人は春の雨をふんわりとしてすごく細くて弱いアッ目だと言った。だが、私の知る雨少なくとも20ZZ年のこの日本においては、春の雨はそんなにか弱くはない。むしろ図太くで自己主張の激しい。桜の花びらをちらかすだけ散らかして去っていく存在だ。今日もそんな荒くれ者の春雨が窓に桜の花びらを打ちつけていた。そんな風景を見ると、私は開けたカーテンを再び閉めたくなる衝動に駆られた。なぜならカーテンには自由に夢を描くための準備にあたるからだ。それは、パレットに絵の具を広げるような。ずっと夢を見ていたい衝動に駆られる。夢は私に自由をくれる存在の一つなのだ。だけど、もうその夢から覚めないといけない時間なのだ。私は、小さなため息を一つこぼし、少し伸びをして、自室からキッチンに向かう。キッチンにはお父さんの姿があった。お父さんはタブレットでニュースをチェックしているようだ。
「おはよう。」そう私が言うとお父さんは「おはよう」と返した。
「お父さん。今日の朝ごはんはなに?」
私の問いにお父さんはタブレットを置いてせっせと朝ごはんの準備を始めた。
「今日は味噌汁とご飯それから鮭の塩焼きだ。北海道から取り寄せた脂の乗ったいい鮭だよ。」
お父さんはそういって私に鮭を渡してくれた。私は鮭を箸でほぐし、ご飯の上に乗せてワンクッションを挟んでから、熱々の湯気と豊かな香りをつれて口の中に鮭とご飯を運んだ。口の中に入った瞬間に、鮭の香ばしさと鮭の脂が口の中で踊りだり、とても美味しい味がした。美味しいくてどこか懐かしいこの味は脳のシナプスが美味しいということを記憶しているようにも思える。
「美味しいかい?」お父さんは私に尋ねる。
「いつも通り美味しい。」
「それはよかった。そういえば、今日から新学期だね。楽しみだね。」お父さんは嬉しそうに言った。
「そうだね。クラス替えもあるし、何より高校2年生は修学旅行とかあるから。」
父も私が美味しそうに食べるのを見ると、ご飯が食べたくなったのだろうか。少し、羨ましそうに私の方を眺めていた。
「ねえ。食べたいなら自分の分もご飯よそって食べればいいじゃない。」
「いや、いいんだ。朝は食べない主義でね。」
「プチ断食だっけ。そんなのしてたら血糖値爆上がりして逆に身体に良くないんじゃないの。」
「大丈夫だよ。そこはちゃんとエビデンスがあるから。それに、体調はすこぶるいいよ。健康診断も引っかかったことはないし。」
「出た出た。そういうエビデンスとかすぐいうところ。そういう難しいこと言ってすぐ逃げるのがお父さんの悪いところだよ。だいたい、何でもかんでもエビデンスがとかn数がとか。少しは感じるままに生きてもいいんじゃない。」
「まあ、そうお父さんをいじめないでくれ。そういう性に生まれてしまったんだ。藍が生まれるずっと前からもう、こういう人間なんだよ。」
「友達が来たときはそのエビデンス言うのはやらないから許してあげる。」
「それは十分に気をつけるよ。」
お父さんは苦笑いを浮かべながら言った。いつも通りの何気ない会話だ。お父さんはこんなエビデンス人間で堅苦しい人に見えるが、実際私との接し方はひどく柔らかい。むしろ少し抜けているところがあるくらいだ。世間では、高校生の娘と父親なんて仲が悪いが、我が家ではそんなことはない。むしろ良好であった。それはお父さんが優しすぎるからと言うこともあるだろうし、私がお父さんのことを毛嫌いする感情が全く湧かないからということもある。そう言う感情が少しでも湧くことがあるのだろうか。過干渉してこないお父さんならそう言うことはないのだろうと私は思う。正直、お父さんは割と言ったらなんでもやってくれるから都合がいいお人好しとでも言ってしまった方がいい。いや、少し可哀想が。それがお父さんの性分であり、そう言う性格だったからこそ、私がここまで過ごせてきたのだと思う。友達の家では、厳しい門限やルールが課せられていると聞くし、お小遣いも少ない。家に帰ればガミガミと容姿なんかにも口出しをされる。そんな自分のことを所有物のようにして扱われれば、誰だってお父さんとの距離をとりたがるのも頷ける。過保護にも程があるというような事案をよく友達から聞かされると、世間のお父さん達は何をやっているのだと思うものだ。
「ねえ、今日の夜ご飯何?」
「今日はね、スパニッシュオムレツかな。美味しい卵が手に入ったんだ。」
「やった。すごく楽しみ。チーズ多めでお願いね。」
「そりゃよかった。チーズもちゃんと多めにカスタムしとくよ。」
お父さんはそう言って満足げな顔をしていた。お父さんは料理を誰かに食べさせることが好きらしい。前に友達を連れて家にやってきた時は、その腕を思う存分に振るって、フルコースを振る舞ってくれた。友達が美味しい美味しいといって食べてくれるのを見てお父さんはさぞ満面の笑みを浮かべていたこともある。他人から見てもいいお父さんである。そう思える。ただ、カロリー計算や体調管理のために体重や体脂肪率の結果をアプリで共有しなくてはいけないのが面倒だが。まあ、それも私の健康のためだと思えばギリギリ許せるかな。
 ふと時計を見ると、8時前になっていた。やばい。ゆっくりしすぎた。遅刻してしまう。と内心焦りながらご飯を食べ終わり、食器を片付け、私は身支度を済ませる。何も変わらない日常を繰り返すように。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。気をつけて。」
たわいの無い挨拶を交わし、私は学校へと向かった。今日も同じ道を同じ歩幅で、同じスピードで歩いていく。その先に私の日常があるから。
 私が教室に着くと新学期ということがあり、クラス替えにドキドキしている人や名残惜しいと悲しんでいる人などがいた。実際に私もドキドキしていた。高校2年生はどの学年の中でも一番イベントが多い。だから、クラスのメンツというのはだいぶ大きい。
「藍ー。おはよう。」
私に元気のよく話しかけてきたのは佐野胡桃。私と同じクラスで1番の親友とも言える人物である。元気で犬のように尻尾を振って
やってくるのが胡桃だ。いや、犬というよりは小動物に近いというか。なんでもいいが、彼女はとても可愛い。胡桃との出会いは、長くて語りきれないんでまた次の機会に話すとしておく。
「おはよう。胡桃とクラス離れたくないな。」
「それな。本当にそれ。マジで。修学旅行とかあるのに藍と離れたらもう私死んじゃう。」
「それうさぎみたいじゃん。」
「何それ、ウケる。ピョンコピョンコってウサギ?」
「そうそう。うさぎって孤独になると死んじゃうらしいよ。」
「じゃあ、私は藍がいなくなったら死んじゃうね。」
そう言って胡桃は私に抱きついてきた。
「もう、ふざけないの。」
私は少し嬉しそうに胡桃の手を剥がした。このスキンシップはいつものことだ。
「そういえば、転校生がやってくるらしいよ。」
「転校生?こんな田舎に珍しいね。まあ、ここを田舎というには少し違う気もするけど。」
「なんでも、この街の関係事業関係でやってきた人らしいよ。」
「なるほどね。それだとなんとなく納得だわ。それより、毎度思うのだけど、どここからそんな噂仕入れてくるの?」
「それは、たまたま職員室を通りかかった時に聞こえちゃったんだよね。」
「うわ。それ地獄耳だ。」
「うさ耳ね。」胡桃は手を頭の上にしてウサギの耳を作っていった。
「はいはい。」
早速うさぎネタを使ってきた。お調子者なんだから。私は胡桃の冗談に笑った。こういった冗談もクラスが変われば気軽にできなくなるのかな。そんなことをふと思うと少し悲しくなった。
ガラガラガラガラ。教室のドアが開いた。勢いがあ流わけでもないわけでもない力で開けられたドアからは、なじみの担任瀬戸口先生が現れた。
「ほら、席につけー。HR始めるぞ。」
瀬戸口先生の声にみんなは従い。各々自分の席についた。
「今日から新学期だ。このクラスとはもうお別れだ。まあ、色々あったが楽しいクラスだったな。」
「せとっちぼー読みすぎー。」
クラスの誰かが瀬戸内先生に合いの手を入れた。”せとっち”はみんなが先生を呼ぶときのあだ名である。
「いいんだよ。これで最後じゃあるまし。どうせ先生も2年生担当になったから、このクラスの1/3くらいは同じクラスになるわけだからな。まあ、そんなことはさておき、新しいクラスの発表をする。」
瀬戸口先生がそういうと明庵はガヤガヤし始めた。
「また、せとっちと同じクラスとか楽しいじゃん。」
「なれる人はいいな。」
「先生、俺のこと好きだたら絶対同じクラスだろ。」
「静かに。聞き漏らしても知らんぞ。では、まず、安倍1組。宇佐美は3組、金田は2組、小林は2組・・・・」
ガヤガヤとみんなが思うがままに口にしていた声を無視して、瀬戸口先生が一人一人のクラスを読み上げていく。私は何組だろうか。そんな期待を膨らませながら私は自分の名前が呼ばれるのを待った。
「・・・小池は2組、小枝は2組、佐藤は1組、佐野は2組、田所は3組、中村は1組・・・。」
私は2組だった。しかも胡桃と一緒のクラスになれた。嬉しくて胡桃の方を向くと胡桃も嬉しそうに私にピースを向けていた。私も一緒にピースをした。よかった。これから1年間、楽しい学校生活が幕を上げたのだ。
「・・・以上。じゃあそれぞれ2年生のクラスに移動してくれ。」
教室のみんながそれぞれの荷物を持って移動し始めた。
「藍ー。また同じクラスだね。死ぬほど嬉しい。」胡桃が満面の笑みを浮かべて私に言った。
「私もだよ。胡桃と一緒のクラスで嬉しい。」
「え、どのくらい?」
「うーん。夏の花火くらい好きかな。」
「最高じゃん。」
「つまりそういうこと。」
二人で楽しそうに廊下を歩いていると、うちの学校の制服ではない男子が瀬戸内先生に連れられてやってきた。あれが胡桃の言っていた転校生だろうか。どこか無機質な肌と、歩く姿が機械的でなんだかすごく緊張しているのだろうか。肌はとても白くて綺麗な肌をしていた。年頃の男子高校生にしては綺麗すぎる。
「ねえ。ねえ。藍さん私の話聞いてますか。もしかして、浮気ですかー。」胡桃が私のほっぺを摘んで話しかけてきた。
「痛いよー。ごめんって。ただ、あの人が胡桃の言ってた転校生かなって思ってただけ。確かに、胡桃の話を聞いてなかったけど。」
「ははーん。藍さんもしかして、転校生が気になる感じ?恋ですか?ヒューヒュー。」
「ノリが男子高校生じゃん。てか、そういうのじゃないよ。ただ、肌白いなとか。なんかどことなく無機質だなって。」
「何それ。意味わかんなーい。たまに、藍って変な例えするよね。」
「そうかな。普通だと思うけど。」
「いや、なんだろう。科学者みたいなワードが出てくる。ほら、こないだもDNAみたいな草だとか、カロテンみたいな夕焼け空だねとか。紅茶にミルク入れた時にミルクが拡散してるの見るの好きとか言ってたじゃない。言葉選びがなんかね。まあ、お父さん研究者だからそういうところは娘にうつった的なのかなって。」
胡桃に指摘されるまで気づかなかった。が、思い返せば確かにそう言っていた気がする。いや、胡桃の言う通り、これはっもう遺伝である。お父さんが研究者である日常は常に科学で溢れていた。ふとした拍子にお父さんから発せられる言葉を幼い頃から聞いている。だから私はそう言う言葉がインプットされているのだ。朝はお父さんを毛嫌いする人の気持ちがわからないとか言ったが、今はちょっとわかる。こう言うところは憎らしいかも。そう言ったことの積み重なりなのかもしれない。
「遺伝だからしかないよー。」私が苦笑いを浮かべた。
「まあ、そう言うところも好きだから。」胡桃は私の方に自分の肩をぶつけた。
「てか、さっきの浮気ってなに。もしかして胡桃ちゃんは嫉妬してます?」冗談げに私が胡桃の肩にぶつける。
「べ、別に、あんたのことなんか好きじゃないんだから。」どこかのアニメに出てきそうなツンデレの真似をして胡桃が言った。
「どこのツンデレだよ。」私が突っ込む。
「可愛いでしょ。」胡桃がぶりっこをする。女の私から見ても可愛いと思った。
「はいはい。」
キーンコーンカーンコーンー
私たちがふざけ合っているとチャイムが鳴った。授業が始まるチャイムの音だ。新しい教室まで、階段を登って少ししか歩かなくてもいいのに、やっと階段を登ったところだった。
「やばい、急いで新しい教室に行かないと。せとっちに怒られちゃうよ。」胡桃が焦って私にいう。
「急ごうか。」
そう言うと、二人で走ってはいけないと書かれた廊下を私と胡桃は走った。青春の廊下は歩くことを許してくれないのだ。そんな言い訳を考えながら、新しい教室へと向かった。

「それでは、2年2組の担任の瀬戸です。よろしくお願いします。」
新しい教室では、新しいクラスで最初のHRが開かれた。担任は1年生と引き続き、瀬戸先生。クラスの顔ぶれも知っている人が多く安心する。なんと言っても胡桃と同じクラスなのだ。不安なんてものはほとんどない。
「早速ですが、転校生を紹介します。じゃあ、入って。」
瀬戸先生に合図をされて教室に入ってきたのはさっき廊下ですれ違った無機質な男の子だった。彼は、緊張しているのか、やはり機械的な動きを思わせた。
「えー、東京から転校してきた陽指鈴悟(ひさしりんご)くんだ。みんな仲良くしてやって。じゃあ、適当に自己紹介して。」
瀬戸先生がそう言うと、無機質な顔から出た声とは思えないほど、生物的な綺麗な周波数の声で彼は自己紹介を始めた。
「陽指鈴悟です。前の学校では、バドミントンやっていました。好きな食べ物は林檎です。早くみんなと仲良くなりたいので気軽に話しかけてください。」
なんだか言葉を発すると明るく今までよりも生物みを帯びた。第一印象が無機質だった私にはあまりにもびっくりするような出来事だった。なんだろう。不思議な感覚だった。恋とかそう言うものではなく。本当に驚いた。そう言う感情だ。それは初めてマトリョーシカを知った時のような、赤と青の絵の具を混ぜて緑ができた時のような不思議な感覚だった。
「じゃあ、鈴悟の席は佐野の隣でいいか。」
瀬戸先生がそう言うと陽指君は胡桃の隣の席に座った。
「佐野さん、これからよろしく。」陽指君が笑顔でいう。
「りんごっちよろしく。」
早速、胡桃はあだ名をつけた。胡桃はこう言うあだ名をつけるのがとても好きだ。瀬戸先生のあだ名も胡桃がつけたし、他にもクラスの大半のあだ名は胡桃が命名している。まるで生物学者のように。ある意味学者気質なのは胡桃なのかもしれない。と私は密かに思っている。
「りんごっち?それ俺のあだ名?いいじゃん。」陽指くんが嬉しそうに言った。
「うん。りんごっちでいいでしょ。」
「いいよ。俺がりんごっちなら、佐野胡桃さんはくるみんかな?」
「くるみんとかウケる。」
「変かな?」陽指くんが不安そうに言った。
「別にいいよ。好きに呼んで。」胡桃はそんな彼の不安を察したのか笑顔で応えた。
「ありがとう。」陽指くんは安心した様子で胡桃に感謝を述べていた。
二人が楽しそうに会話していると、瀬戸先生が言った。
「佐野も陽指もそういうのは休み時間にしろー。」気だるそうに言う。
「はーい。」胡桃がお惚けた返事をする。
「すんません。」陽指くんがおちゃらけて謝った。
「はいじゃあ、今からプリント配るからよく見てくれー。あと、これから始業式あるから体育館に移動な。」
瀬戸先生の指示に従い私たちは体育館へ移動になった。そして、胡桃に命名された転校生の陽指くんのあだ名はりんごっちで早くも定着をした。彼の周りには体育館への移動中に男子や女子がこぞって話しかけに行った。「どうして東京からこっちに来ることになったのか」とか「最近東京ではどんなものが流行っているのか」とか「芸能人とかに会うことはあるのか」とか「スカイツリーは登ったことがあるか」など、ありふれた都会に対する幻想というか面白さを尋ねるのだった。私はその輪の中にあえて入るのを避けた。なぜなら私は東京を知っているからだ。私も彼も出身は東京である。彼は17年間東京にいる分、私よりは東京に住んでいたこてゃ間違いないが、そんなすぐに街が変わるわけではないんだ。別に特段東京という街には興味はなかった。むしろこの街の方が大都会東京と比べると異質で興味深いものであると私は思う。それに、キャッキャとよって行かれる方が面倒臭いんじゃないかと私は思った。転校してきたばかりで、この空間に必死に馴染もうとしている彼を思うとそっとしておくほうが私にはいい様な気がした。彼の本質は無機質なんだから。そんなことを考えていると、校長先生のつまらない話の退屈しのぎにはなっただろう。私は自分の中に二面性というか。もう一人の人格がいるような気になることがたまにある。胡桃とバカをしてふざける私。いかにも女子高校生的な性格でいて楽天的な感じだ。でも、もう一人の私は今のように冷静で、どこか他人を俯瞰的に見ている節がある。小説の中に出てきそうな大人びた女性。どこかクールに振る舞っている様な。そんな私がいる。どちらも私だと思うし、どちらの私も嫌いではない。好きとか嫌いとかそういったものではないのかもしれない。そういうものだと。空が私たちの頭上を覆い、大地が私たちの足元を覆うようにそういうものだと思う他なかった。私という個性がそうなっているのだ。別にこの性格になって困ったことはないのだからー。
 桜の花びらが今日の雨でだいぶ散ってしまっているだろう。それくらい強い雨だと感じるくらい体育館の屋根はゴーゴーと唸っていた。朝よりも少し強くなった気がした。私は、せっかく咲いた桜の花が散ってしまうことに憂いを感じながら、春のどこか生暖かく冷たい雨のことを思った。雨はどこからやってくるのか?雨はどうして降るのか?雨はどうして悲しい記憶を帯びるのか?何考えているんだろう。自分でも分からない。ただ、校長先生のつまらない言葉に真摯に向き合うことよりも、こういう意味のわからないことを考えている方がよっぽど有有意義だったからだ。世間ではメジャーで活躍したり、ノーベル平和賞を受賞したり、そんなことどうだっていいい。その人のことを知ったからといって私の世界が変わるわけじゃないから。これは少し傲慢な考え方なのかも知れない。私がこうやって、小さな妄想に耽っていると後ろから胡桃が背中を突いた。
「まじ、校長の話長くね。」
「それな。早く終わってほしい。」
「てか、今日の放課後久しぶりに藍の家に行ってもいい?」
「別にいいよ。」
コソコソ声で話していると、瀬戸先生が出席簿で頭を軽く叩いた。
「痛いよせとっち。」
「ちゃんと聞くふりしとけ。」
「はーい。」
聞くふりしとけなんて先生の口から出る言葉なのかと思いつつ、瀬戸先生もそ思っているんだなと安心した。やっと校長先生の話が終わった頃には30分は超えていた。新学期というだけでここまでつまらない話ができるのはある意味才能かもしれない。
 始業式が終わり、午前中で学校は終わりだ。私は胡桃と家に帰ろうとした時、瀬戸先生が私を呼んだ。
「藍。すまんけど、教科書運ぶの手伝ってくれ。」
「え。なんで私なんですか。」私は驚いた。いつもだったらクラスの男子に手伝わせるのに。
「そうだよせとっち。藍みたいなか弱い女子にやらせなくてもいいじゃない。それに、私と藍はこれから遊ぶ予定なのに。」胡桃が反対した。
「男子は、入学式に準備手伝わせてるからな。まあすぐ終わるから。そんなに嫌がるな。」
「はーい。」
私は瀬戸先生のお願いに歯切れの悪い返事をした。胡桃は教室でスマホをいじって待っているといって待ってるといった。全く、瀬戸先生も生徒遣いが荒いんだから。少しむすっとしながら歩いていると、瀬戸先生が話しかけてきた。
「陽指のことどう思う?」
「え?」
突然のことにびっくりした。思わず変な声が出てしまった。
「いきなり、どう思うって。それは異性としてとかそういう意味?」
「おおそうきたか。いやそう言う異性とかじゃなくて、人間として。すまん。そんなに驚くとは思わなかった。もしかして、好意があったりしてたか。」瀬戸先生が少し笑いながら言った。
「いや、そういうのじゃないけど、いきなり思春期の女の子にそんなこと聞くとセクハラで訴えますよ。」
「それはやめてくれ。それはそうと、どう感じた。教えてくれ。」
瀬戸先生は苦笑いを浮かべながら私にいった。
「どうっていうと、第一印象は無機質な感じがしたかな。」
「無機質?」
不思議そうな顔で瀬戸先生が言葉をこぼした。
「そう。どこか生物らしさを感じないというか。なんだか、金属みたいな石みたいなぎこちなさがあったかな。」
「なるほど、面白いな。さすが研究者の娘だな。」
「バカにしてる?先生。」
私が少し怒った様に聞くと先生はまあまあと宥めた。
「実はここだけの話なんだが陽指はな、お父さんが最近亡くなったんだ。転校の理由もお父さんが亡くなった影響がある。精神的んも少し不安定だから、藍なら何か彼の支えになってやることが出来るんじゃないかって思ってる。だから何か彼が少し様子がおかしかったりしたら教えて欲しい。」
「ああ、そういうことね。私のウチはお母さんいないから。良き理解者になれる的な奴ね。」
「それもある。だけど、藍はそういう人の変化に敏感だろ。そういうところ勝ってるんだ。去年もそれで不登校になりそうな生徒のことを先生に伝えてくれたろ。おかげで、その生徒は不登校にならずに済んだ。あの時は本当に助かった。だから藍にお願いしているんだ。」
「先生って生徒たらしだよね。」
私が少しニヤッとしていうと、瀬戸先生は「人聞きが悪いことを言うのはやめろ」っと笑いながら突っ込んだ。
 新しい教科書のある図書室に着くと、山積みに置かれた教科書があった。私と瀬戸先生は指定された教科書を台車に積み、胡桃のまつ教室へと運んだ。
「もう、遅いよー。」
胡桃が私たちに向かって疲れたようすでいった。
「ごめんー。」
「お腹空きすぎて死にそうだっった。」
「じゃあ、帰ろうか。」
「藍、ありがとうな。」
「どういたしまして。じゃあ、せとっちさようなら。」
「気をつけて帰れよ。」
そうして私と胡桃は春の嵐の中を帰った。桜の花道を物語の主人公のように。



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