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可憐に咲けたなら

[最中アイス]
今年の夏は何の予定も立てず眠り続けていた
夏休みは10日もあるというのにどこへも行かず
部屋の片付けもそっちのけで
私はベッドに体力を奪われていた
ぼんやりとスマホを見たら
いつのまにか夏休みは2日過ぎていた
ピコンッ。
最近登録したマッチングアプリの通知
『こんにちは。よろしくお願いします。
 仲良くなれたら嬉しいです。』
タイミングよく届いたメッセージに
何だか返信したくなった
「初めまして。今日会えませんか。」
2日も眠っていたせいで頭がおかしくなっていると送信してから気がついた
いきなり会う提案をするなんて正気の私じゃない
返信はすぐに届いた
『よいですね。花火はどう?』
夏休み前の仕事帰り、電車の天井からぶら下がっていた広告を見ていたから知っていた
行ってみたいなと思っていたけれど
1人で行くのは気が引けて、諦めていた花火大会
知らない人だけど、誘われてちょっと嬉しかった
「行きたいです!」
『18時に駅前に待ち合わせで』
会ったこともないどころか
メッセージのやり取りもさほどしていない相手
いやだったらすぐに帰ればいいか
そんな気持ちで支度をした
私はお気に入りのブラウスにスカートを履いて
失礼のない程度のメイクで向かった
時間ちょうどに待ち合わせ場所に着いた
スマホをみると通知が届いていた
『タクシーで向かってますが、車が多くて歩いて向かいます。時間かかりますが待ってて下さい』
相手も電車でくるものだと思っていたから
タクシーで向かっていると知って、少し緊張した
「BMWのお店の前で待ってます」
わかりやすい場所で待つことにした
10分くらい経って、彼が私の前に現れた
初めて会ったのに、随分前から知り合いだったのかと思うくらい自然に会話しながら
花火大会の会場まで向かった
会場に向かう途中、少しのお酒と唐揚げを買った
紙コップに入れられた唐揚げと
会場で渡されたうちわであっという間に
私の両手が塞がってしまった
花火が始まると紙コップを私から取り上げた彼
『俺が持ってるから食べたい時取って』
何気ないひと言に、彼の優しさが垣間見えて
心がきゅんとなった

私は花火を見ながら地元の花火大会を
ぼんやり思い出していた
それは母のお葬式の日だった
田舎の小さな花火大会で、
末期がんに苦しむ母を勇気づけるため
一緒に観に行こうと約束していた
容体が悪化し、約束は果たされないまま
亡くなってしまったから1人で観に行った
母が亡くなる少し前から
悲しいも、嬉しいも、何もなくなっていた私は
花火で感情を少し取り戻せたことを覚えている
それくらいあの時の花火は綺麗だった
そんなことを考えながら静かに眺めていたら
彼の右手と私の左手がそっとぶつかった
初めはドキッとしたけれど
彼の手の温もりにだんだんと溶け込んで
私の方からぎゅっと強く握っていた
夏の暑さでじっとりと汗をかいていたのに
手を繋ぎ続けたまま1万発の花火に魅了された
誰かと手を繋ぐなんて、いつぶりだろうか
彼の優しさと可憐な花火は
灰色に汚れた私の心とあまりにも
不釣り合いで居心地が悪い
それなのになんとなく幸せで
この時間がずっと続いてほしい
そう思っていた

帰り際、何か食べに行こうかと提案してくれた
観光客向けの商業施設にある洒落た居酒屋で
彼はいろんな話をしてくれた
決して下品なことは語らず、
食事の所作が綺麗で私への気遣いもあった
きっと彼は、家柄がよく
頭のいい人なんだろうと思った
食事中話が尽きることはなかった
お互いJ-WAVEのラジオをよく聴いていて
朝の別所哲也の口癖の話は盛り上がった
他にもたくさん語り合った
エッセイストの燃え殻と焼肉屋で会った話、
過去の恋愛、仕事の話、
たわいもない会話をひと通り終えた頃
ラストオーダーを聞きに店員がやってきた
「酒最中アイス1つ下さい」
お店のイチオシデザートを頼んだ
私は相手への気遣いもなく自分の分だけを
注文してしまったと、少しだけ後悔した
申し訳ない気持ちになり
最中アイスを半分こして食べた
アイスを食べ終わるまでは
あんなに楽しい時間だったのに
少しの名残惜しさを残しながらも
一夜の過ちを犯すこともなく、帰路についた
ただ花火を一緒に眺めて
アイスを半分こした関係
初めて会ったばかりなのに
私より10個も歳が上だったのに
ずっと前から友達だったかのような
そんな彼と食べたアイスの味
気づくと今年の夏はあっという間に過ぎ去り
もうすぐ冬になろうとしている
あの日以降、彼とは会えないどころか連絡もない

あの時間はなんだったのだろう
「まともな生き方をしなさい」と
天からの御告げだったのだろうか
そもそも私は本当に彼と花火を観に行ったのか
ずっとベッドの上で過ごしていたから
夢と現実の境目の記憶が曖昧だった
灰色に染まった世界で小さく蹲っていた私を
虹色の世界に連れ出してくれた
地元で眺めた花火のように
彼と観た花火のように
私も可憐に咲けたなら
そんな妄想をしていて
私は今日もベットから動けないまま夜を迎えた


[賞味期限が切れそうで]
誰のために、何のために、どうなりたくて、
私はこんなことをしているのか
ちょっとでも考えたことがあったか
今を生きることに精一杯で
先の未来なんて1ミリも考えていなかった
自分の人生、どうしたいか考えなさい
そう言われるようになった頃
むしろ私は今を楽しむようになった
ツヤっと見える肌にキラキラのアイシャドウ
唇にはさりげない潤いを纏わせる
保湿された身体が映えるよう
下着は淡いピンクのレースを身につけた
顔周りの髪の毛を軽く巻いて
服装は大人可愛くして
今夜特別な用事があるわけではないのに
私は一番すきな私になる
その方が必ず男が寄ってくる
そんな気がしていた
タイプじゃない男から言われる可愛いも
好きな男から言われる可愛も
全部欲しい。
そんなことを思いながらニヤついて
心の中でピースまで決めこんでいる
こんなに無敵モードな状態でも
恋にはもっぱら臆病な私
そんなに恋に落ちるタイプでもないのだけれど

今の会社に入社してすぐに
ちょっと気になる男性を見つけた
背が高くて、黒髪はサラサラで、
いつも紺色のTシャツを着ていて
イケメンと言えるほどの華やかさはないが
雰囲気はカッコよくて
彼の姿を見つけるとじっと見つめてしまう
見つめるだけの存在で終わらせたくない
そう思った私は勇気を振り絞って声をかけた
コンプライアンスに厳しい昨今
会社の中で見知らぬ人に声をかけられたら
訴えられるかもしれないと頭をよぎったが
社内の人との交流も大事だという謎の正義を
心の中で振りかざして、話しかけた
挨拶程度に名前と部署を聞いて
名刺交換でもしたかのような振る舞いをし
(実際には名刺は渡してないが)
ビジネスライクに会話を終わらせた
ちょっと挨拶しただけなのに
嬉しくてぴょんぴょん心が弾んだ
その日以降も彼を見かけたら
必ず声をかけようと意気込んではいたが
結局緊張して話しかけられずにいた

夜は都会のネオン街で仕事をしている私
ある日客からこんなことを言われた
「女の賞味期限は26歳まで
そこを過ぎたら男は相手にしない」
他の客からも同じこと言われていた
最初は聞き流していたが
27歳を迎える誕生日が近づくにつれ
気になるようになってきた
確かに、客数も減った気がする
無敵モードで出かけているのに
なんとなくチヤホヤされなくなり
大人の女性として扱われることが多くなった
27歳になっても何も変わらないと思っていた
それなのに、
賞味期限間近でも俺は会いに来るよと
言ってくれていたお客さんは
ぱったり来なくなって
新規のお客さんも獲得しづらくなった
たった1歳上がっただけなのに
こんなにも変わるのかと
心の中のモヤモヤが増えた

27歳を迎えてから久しぶりに彼を見かけた
いつも彼と会えるのは昼休みの社員食堂
その日は仕事終わりに会社のエントランスで
偶然にも私の前を通り過ぎた
コートを着ながら外に向かって歩いていた彼に
私は無意識に声をかけた
久しぶり!
彼は笑って久しぶりと返してくれた
何も考えずに声をかけてしまったせいで
頭の中が空っぽで何を話したらいいかわからず
初めて挨拶した時と同じことを聞いてしまった
「いつもお昼同期と一緒なんです」
急にそう言われて、
彼の年齢を知らないことに気がついた
いくつなの?と尋ねると
「僕25です。3年目です。」
私の方が歳上だったなんて、驚いた
部署では自分が1番下だけど
会社の中には私より年下がいて当然なのに
なんとなく自分が1番下だと思っていたから
もう私は若くないのだと思い知った
『私は27なの。中途だからまだ2年目だけど。』
彼は驚くこともなく話を受け入れていて
ある程度歳上であると気づいていたんだと思った
たった2個しか違わないのに
やっぱり私の賞味期限は切れているのか
初めて声をかけた時より彼の目は
少し冷たく感じた
それでも私は彼を目の前に
好きだという感情が溢れ出て
喉元まで言葉が出かけていたけれど
コンプライアンスという言葉がぱっと浮かび
必死に心の中に感情を押し込んだ
「仕事頑張ってください」
彼にそう言われ、会話が終わった
話せて嬉しいはずなのに
心の隅に残ったモヤモヤのほうが多くなって
今日彼と会話したことを後悔した
頑張ってくださいと、応援されたのに
彼の言葉をポジティブに受け取ることができない
これも「賞味期限」が関係しているのか?
純粋に応援したいという真っ直ぐな彼の想いは
27歳の私には歪んで届いた
「もうこれ以上会話したくない」
そう言われているように感じた
それなのに、悲しいとか寂しいとか
そういう感情はなかった
彼との出会いはただの通過点で
生きていたら、そういう人との出会いは
いくらでもあるのかもしれない

今を生きることに必死だった頃に始めた夜の仕事
もう少し後先考えるべきだったと反省している
この仕事をしていなければ
彼の言葉を真っ直ぐ受け止められただろうか
私は失ってはならない何かを失って
もう後戻りできないところまできていた










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