早稲田文学 復刊1号 「追悼 アラン・ロブ=グリエ」(2008年4月)
表からも裏からもどちらからでも読めるようになっている凝った造りの本。
最近、気がつけば、僕が若い頃に好きだった作家や哲学者たちは、もうたいがい亡くなってしまっている。
サルトル、安部公房、高橋和巳、大江健三郎、ドゥルーズ、フーコー…
ヌーヴォー・ロマンの作家たちも、みんな死んでしまった。
僕自身が70歳なんだから当たり前のことではあるが、いまさらのように愕然としてしまう。
まさに、これが「老いる」ということなのだろう。/
クロード・シモン『農耕詩』(冒頭)芳川泰久訳:
【情景はこうである。たっぷりと広い部屋に、ひとりの人物が机を前に座っていて、片方の脚を椅子の下で半ば折り曲げ、踵を持ち上げ、右足は前方にまっすぐ伸ばしていて、向こう臑(ずね)と水平な腿とのあいだに四十五度くらいの角度をつくり、両腕を机のへりに押し当てながら、両手で一枚の紙片(手紙だろうか)を上方に掲げ、そこにじっと視線を注いでいる。その人物はなにも身にまとっていない。】/
アラン・ロブ=グリエ「朝鮮での私の分身」(芳川訳):
【乗り込む前に、私は後方を見た。私の分身はじっと、両方の腕を拡げたまま、新聞越しにこちらの挙動を監視しつづけていた。男の髪は私と同じくもじゃもじゃに乱れていた。かなり高い鼻も同じで、黒い髭も同じだった。私と同じ身なりをしていた。彼は長旅で疲れ、緊張している様子だった。そして私は、遠くから、新聞の一面に描かれた戯画を見て、それは自分が東京で買ったル・モンド紙の号だと分かった。私は車のなかに逃れた。】/
アラン・ロブ=グリエ「秘密の部屋 ギュスターヴ・モローに捧げる」(平岡篤頼訳):
【まず最初に見えるのは赤い斑紋(しみ)、鮮烈な、きらきら光っている、しかしくすんだ赤の、ほとんどくろい影をたたえている斑紋である。それは輪郭のくっきり浮きだした、不規則なばら形飾りのかたちをしていて、長さの不均等な幅のひろいにじみ跡となって、いろんな方向にひろがり、そのにじみ跡はさらに枝わかれし、細くなって、しまいにはただの曲りくねった細い線になっている。】/
蓮實重彦「タキシードの男ーーアラン・ロブ=グリエ追悼」:
ロブ=グリエが脚本を書いたアラン・レネ監督の映画『去年マリエンバートで』がヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞することとなり、その授賞式で、
【いまでは、「名作(!)」と呼ばれたりもする『マリエンバート』がその年の金獅子賞に輝いたことなどごく当然のように思われかも知れないが、カトリーヌ(妻)の『日記』を信ずるなら、貴賓席に位置する関係者たちは、上映中の観客の反応が気になって仕方がなく、まともにスクリーンを見ていられなかったらしい。終映とともにわき上がる拍手に、誰もがほっと胸をなでおろしたのだという。】/
蓮實の文章は、彼にしては珍しくユーモアを湛えている。「愛だろ、愛っ。」
でも、さすがにヴェネチアの映画ファンはお目が高い。
僕ならたぶん、拍手の音に驚いて寝ぼけ眼をこすりながら、あわてて拍手に加わったことだろう。
胸の涎の跡に周囲が気づかないことをひたすら祈りつつ…
ことここに至っては、ヌーヴォー・ロマンファンとしては、どうしても『去年マリエンバートで』を引用せざるを得ない。/
【Xの声「そしてまたーー私は歩いている、またしてもこの廊下づたいに、広間から広間へ、長い回廊から回廊へ、この建物の中をーー幾時代か前に建てられた、豪奢な、バロック風の宏大なホテルーー果てしない廊下のつづいている陰鬱な館ーー廊下はしんとして、人けがなく、指物細工や漆喰、刳形の鏡板、大理石、黒ガラス、黒っぽい色調の飾り絵、円柱、厚ぼったい壁掛けなどの、暗くつめたい感じの装飾をくどいほど加えてあるーー枠に彫刻を施した扉、その扉が、回廊が、際限なくならびーーさらに、横に走る廊下のほうは、人けのない広間に通じている。それも幾時代か前の装飾をくどいほど施された客間、静まりかえった部屋部屋‥‥‥」】(アラン・ロブ=グリエ『去年マリエンバートで』/天沢退二郎訳/筑摩書房『世界文学全集65アンチ・ロマン集』)/
蓮實重彦「批評の断念/断念としての批評」:
【蓮實 (略)わたくしの場合は、文学はともかく、小説を見捨ててはおりません。(略)短くはない中断期間ののち、小説の批評に戻っている。(略)小説の役割はまだ終わってはいないし、今後も終わりはしないだろうと考えているからです。(略)
その直接のきっかけとなった作品は、阿部和重氏の『シンセミア』です。(略)あの時期に(略)氏の傑作が完成したことは、宿命的だったというほかはありません。】/
福島亮大「快楽装置としての身体ーーバルト/ウェルベック」:
【バルトが物語の構造分析を始めるにあたって参照した「フォルマリズム」からして、実はすでに新しい思想を要求するものだったということである。たとえば、フェリックス・ガタリはロシア・フォルマリズムの意義について、それが「形式」と「内容」を分割し、前者に比重を置いたことにあるのではなく、むしろ内容を形式の一部のように扱う知的技術を編み出したことにあると主張している(『分裂分析的地図作成法』二九三頁)。
平たく言えば、フォルマリズムは「形式/内容」という古い区別そのものを変えてしまった。そこでは、内容というのは、数多ある形式的な操作のうちのいくつかが動作してできた平面として理解される。私たちが内容をそれとして把握できるのは、実際には何重にも張り巡らされた形式的変形が介在しているからだ。】/
「追悼 アラン・ロブ=グリエ」のその他の主な内容:
◯アラン・ロブ=グリエ「生成装置の選択について」(芳川泰久・山﨑敦訳)/
◯ 芳川泰久「追悼のような、少し私的な解説」/
◯中森明夫「新宿のアラン・ロブ=グリエ」/
◯小林茂「ロブ=グリエの死の報道から」/
◯清水徹「ロブ=グリエ氏の訃報を聞いて」/
◯ 平岡篤頼「ロブ=グリエについて」/