『MONKEY vol.20 特集 探偵の一ダース』

◯「猿のあいさつ」(柴田元幸):
【探偵小説は、僕の初期読書体験のなかで重要な位置を占めています。

ー中略ー

先生は授業中に時おり探偵小説の話もなさって、ストーリーの細部や、使われている英単語などについていろいろ話してくださり、ふうんなんだか面白そうだなと思った僕は、図書館に行って本を借り出し、ポーの「黄金虫」「モルグ街の殺人」、ドイルの「赤毛連盟」「まだらの紐」などを読みあさったのでした。なかでもドイルの「踊る人形の謎」は面白かった‥‥‥。】/

これも、なんだか食指をそそられるお題ですね。
ということで、僕もやってみました。
探偵小説に夢中になった小・中学生の頃に読んだ本で今でも記憶に残っているのは、ポーの「黄金虫」(物語に出てくる英語のアルファベットの分布の知識を用いた暗号解読の方法はよほど印象に残っていたとみえて、高校の英語の授業中に教科書に出てくるアルファベットの文字の出現頻度をひたすら調べていた。)、ドイル「バスカヴィル家の犬」(ダートムア地方の寒々とした風景など物語をめぐる雰囲気が最高。)、「悪魔の足」(ホームズ物で最も凄惨な事件。)などだ。
犯人の正体を必ずや突きとめてくれる探偵たちは僕にはヒーローだった。
最近の探偵小説を読むと、途中で探偵が失踪してしまったり、解決前に死んでしまったり、事件が解決しなかったりと、なかなか溜飲が下がることがなくなってしまった。/


さて、本書だが、ページを開くとまずは目次だ。
ホームズ物の登場人物を描いた和田誠の絵に吸い寄せられてしまう。
茶色い平べったい帽子を被って、茶色の上着とベストをつけたなで肩の中年の男。(虫眼鏡もステッキも持っていなければ、ジェレミー・ブレットにも似ていないし、どちらかといえば冴えない浮浪者のような感じだが、これがホームズなのか?この帽子は鹿撃ち帽なのか?)
制服を着た三人の警察官、家政婦(ハドソンさん?)、山高帽をかぶりメガネをかけた髭の老人(ポケットに手を入れていて、なんだか貫禄がある。ホームズよりもかなり賢そうだけど、これってモリアーティ教授なんだろうか?)。/

収録された国内外の作家による短篇にも、それぞれ挿絵が添えられている。
子供の頃読んだ少年少女世界文学全集のように。
そうだ、この本は「大人の絵本」なのかもしれない!
と、この雑誌のコンセプトらしきものに、今頃思い当たった。/


◯「帰れない探偵」(柴崎友香):
この作家はこの頃すごく気になっている。なにせ、ADHDの作家なのだ。嫌でも親近感を持たざるを得ない。/

【駅で下りて、何度も何度も行き来した道をまた歩く。青色のテントの金物屋は、今日は休みの張り紙がある。向かいのパン屋はそろそろ店じまいで、ニ割引の札が出ている。家に帰る路地は、見つからない。不動産屋は、電話もメールも通じないままだ。紹介してくれた探偵委員会連盟の恩師には、そういうときはひたすら待ちなさい、と言われていた。焦ると失敗するものだ、じっと待って正確に状況を読み取れば答えは見えてくるはず、とメールに書いてあった。
わたしは、ひしめく建物をじっと見た。最初の数日の記憶と、どこがどう違うのかわからない。同じとしか思えない。路地の入口だけがない。】/

仕事を辞めてすぐの頃、散歩か何かのときに、家へ帰ろうとして反対方向に歩いていってしまったことがあったのを思い出した。
いつか、僕もこの探偵のようになってしまうのだろうか?
ちょうど、ずっと生き方を探していたのに、どんどん人生から遠ざかって来てしまったように。
いつも、最初の一歩を反対方向に踏み出してしまう。/


◯「青いザクロ石の冒険」(アーサー・コナン・ドイル/柴田元幸 訳):
僕がホームズ物などの探偵小説で好きなのは圧倒的に殺人事件の方だ。
窃盗や強盗事件となると、殺人事件と比べてスリルとサスペンスの強度がガクンと下がってしまう。
今回は宝石窃盗事件なので、やはりそういう興趣には乏しい。
後の方に載っている柴田元幸と西村義樹の対談に出てくるように、ホームズは証拠や相手の服装や身体の特徴という記号を読んでいる。
博くて膨大な知識に基づいた彼の読みは極めて断定的だ。
だが、一つの単語にも複数の意味があるように、記号が示す意味も複数あるはずだ。
ホームズは、記号が示している複数の意味の中から一つ一つ可能性を吟味して、つぶしていったりはしない。
彼は教祖のように、カリスマ指導者のように、神のように断定するのだ。
ホームズの下す断定的な読みがことごとく外れてしまうパロディがあれば、きっと笑えるのではないか?/


◯「半年だけ妹です」:
いかにも片岡義男らしいカッコいい小説だ。
まだ、こんなカッコいい小説を書いていたのだ。大江があんなにもカッコ悪い小説を書き続けていたそばで。/


◯「男・右靴・石」(円城塔):
最初のページの辰巳菜穂の絵がすごくいい!
小説の方は、理屈っぽくて空疎だ。/

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