ミシェル・ビュトール『ミラノ通り』

ヌーヴォー・ロマンの作家ビュトールが1954年に発表した小説第一作。ビュトールはこの後、56年に『時間割』、57年に 『心変わり』、60年 に『段階』を発表し、先日読んだ 『合い間』を73年に出した後は、小説を書いていない。
『時間割』と『心変わり』は、若い頃に読んでいるので、あと小説で残るのは『段階』だけだ。
未読の『段階』はもとより、『時間割』と『心変わり』の方も、当時どれだけ読めていたかはなはだ心許ないので、ぜひ再読してみたい。/

物語は、地下1階から7階までのマンションのような建物に住む六家族とその使用人や周辺人物を描いている。
何となく鳥瞰図を思わせる物語だ。
というのは、視点は「神の眼」であり、多くの登場人物の心理を描いてはいるのだが、その描くところは、トルストイの『戦争と平和』などと異なり、人々の心理への分け入りかたが浅いから。
同時に、人々をほぼ均等な濃さで描いており、主人公らしきものが見当たらないので、読む者が感情移入する余地はほとんどない。
取りつく島もないという感じだ。
訳者あとがきを読んで目から鱗が落ちたが、ネタバレになるので引用は差し控える。/

【ラロン神父は窓から身をのりだした。ぐるりにはパリ、(広告におおわれた板囲いをめぐらされ、いくらかもう葉を出しかけているひょろ長いけれど優雅な二本の木をのぞいては)一見いかにもからっぽの感じだが注意して眺めると、古板、厚板、薄板それに石、屑鉄などもっぱら風に磨かれ埃に侵食されてもうぜんぜん使いものにならぬと誰しも考えるような材料の見つけられる空地のむこうに、ヨード色、栗色、古ブドウ酒色の、靄と煙との偽りの壁に隔てられて、パリがあった。】

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