赤いドアの向こう側
わたしはこの部屋で生まれてから、ここでずっと暮らしてきた。
何ひとつ不自由なんてない。じいちゃんがわたしを大切にしてくれて、おいしいものを食べさせてくれたし、ほしいものをくれた。
部屋にはいろんなおもちゃがあった。こまとか竹とんぼから最新のゲーム機まで、古いものから新しいものまで。テレビだってあったから、外で何が起きていて何が流行っているのかも知ることができた。
この部屋のことなら何でも知っている、そう言いたいところだけれどじいちゃんしか知らないだろう場所もある。たんすの引き出しのなかとか、古い冷蔵庫のなかとか、一度も上がったことのない二階とか。でも、そのなかで一番気になっているのはわたしが遊んでいる場所のすぐ近くにある赤いドア。
そのドアをじいちゃんが開けるのを、わたしは見たことがない。ほかのドアはときどき開け放たれて風を運んできたりするけれど、赤いドアは開かれたことがない。
赤いドアはほかのドアと比べてちょっと新しいみたいで、じいちゃんがよく開ける青いドアと比べると、全然違った。ドアノブは全くさび付いていないし、ペンキもはげかかっていない。木だって若そうだ。
せっかく作ってもらったのに、あなた、開けられなくてかわいそうね。
わたしはよくこのドアにそうやって話しかけていた。
ある日、わたしはついにそのドアを開けてしまった。しまったと思った。
じいちゃんは出かけている最中で、なんにも伝えていないのだ。このドアを開けていいかということも聞いていない。
でも次の瞬間には、そんなことは頭から抜け落ちていた。赤いドアの向こう側は本当に素晴らしい景色だったから!
わたしはドアの向こう側を心ゆくまで堪能して、部屋に帰った。
するとちょうどじいちゃんが帰ってきたところに出くわしてしまった。怒られるだろうかとわたしは身構えた。怒るところなんて見たことないが、今回は別かもしれない。もしかしたら本当に入ってはいけなかったかもしれない。
でもじいちゃんは何も言わなかった。ただ、「おかえり」と言って「ごはんにしようか」と言っただけだった。わたしはびっくりしたけれど、ほっとして、ドアをゆっくりと締めてじいちゃんを手伝った。
その日の夜は、じいちゃんに赤いドアの向こう側をたくさん話した。見るものも感じるものもにおいも何もかもが初めてで、楽しくてしょうがなかった、そう言うとじいちゃんはうれしそうに目を細めた。
わたしは今、赤いドアの向こう側で暮らしている。好きな人と、子どもに恵まれて一緒に暮らしている。じいちゃんはわたしが向こう側に行くのを止めなかった。止めるどころか、いってらっしゃいと送り出してくれた。
最近、子ども部屋に小さなドアができた。ドアノブはついていないけれど目がさえるような黄色で、まぶしくてしかたがない。
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