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サントリーホール・サマーフェスティバル2024(3) ザ・プロデューサー・シリーズ アーヴィン・アルディッティがひらく 室内楽コンサート3

ブライアン・ファーニホウ(1943~ ):弦楽四重奏曲第3番(1986~87)
ジェームズ・クラーク(1957~ ):弦楽四重奏曲第5番(2020)
ロジャー・レイノルズ(1934~ ):『アリアドネの糸』*(1994)
イルダ・パレデス(1957~ ):『ソブレ・ディアロゴス・アポクリフォス』ピアノ五重奏のための[サントリーホール委嘱](2024)世界初演
ヤニス・クセナキス(1922~2001):『テトラス』弦楽四重奏のための(1983)

弦楽四重奏:アルディッティ弦楽四重奏団
(第1ヴァイオリン:アーヴィン・アルディッティ 第2ヴァイオリン:アショット・サルキシャン ヴィオラ:ラルフ・エーラース チェロ:ルーカス・フェルス)
ピアノ:北村朋幹
エレクトロニクス:有馬純寿*
後援:ブリティッシュ・カウンシル

カルテット公演の三つ目。二つ目は欠席。

ファーニホウ作品…この作曲家らしい、夥しい音の数。しばらく聴いていると満腹になってしまうのだけれど、音の奔流はこれでもかこれでもかと止むことがない。第2楽章のサルキシャン氏、エーラース氏のソロは見事。

クラーク作品…ノイズの中から音高のある和音があらわれたかと思うと、再びノイズの中に埋没したり。初めはその推移がおもしろいのだけれど、どこまでも同じ景色が続き、聴いているほうはいささか食傷気味に。

レイノルズ作品…開始部は清澄な音が心地よい。前半の電子音響は器楽に陰影を与える役回りかと思われたが、後半は主張が強まる。それと同時に曲全体のメリハリが緩んでいくのが残念。

パレデス作品…全体に急速で、音数が極めて多いのだけれど、各パートが常にきちんと見通せる。音の配置が巧みである。ピアノは内部奏法を多用。アシスタントの補助を受けつつ、簡易プレパレイションもおこなう。ピアノと弦楽器の音色が慎重に設計されており、一体感がある。この作家の作品をもう少し聴いてみたくなった。

クセナキス作品…ほとんどの箇所がこの作曲家ならではのサウンドで構成されている。思い切り吹き鳴らすカズーや、電子音を彷彿とさせる響きが次々とあらわれ、聴く者の深いところを抉るかのように迫ってくる。音響そのものに力があり、聴き手を逸らさない。本公演の曲目の中では明らかに別格である。ただし、終結部近くの、シンコペーションを含むリズミカルなシークエンスは蛇足感がある。カルテットの演奏は最後まで高い集中力を保っていたけれど、本作では聴き手に襲いかかる勢いがもう少しだけあればと感じた。当日はマチネ・ソワレのダブルヘッダーとあって、流石に疲れが出たか。

弦楽四重奏というフォーマットについては、批判的検証が必要だと思う。本公演のクセナキス作品も、数日前のラッヘンマン作品と武満作品、さらには先日優れた演奏に接した湯浅譲二作品「プロジェクション」「プロジェクション2」も、強烈な「個」の、強烈な意思があって初めて優れた作品が成立していると考える。それほどに、伝統的な蓄積の壁は強固ということではないか。

他方、パレデス作品のようにピアノなど別の要素を加えることを通じて新たな切り口を見出す可能性もある。ただしその場合も、次の段階として、得られた知見を弦楽四重奏に逆照射することによりこの形式の再検討/検証へと進む必要がある。今回、個人的には収穫もなくはなかった。しかしながら、弦楽四重奏という演奏形態のあり方に関しては、「室内楽コンサート1」で得た印象が大きく変わることはなかった。(2024年8月25日 サントリーホール・ブルーローズ)

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