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連載小説「記憶のリブート」

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連載小説「記憶のリブート」第1話〜第13話収録
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#連載小説

記憶のリブート 第一話

記憶遺伝症 ケント キャッ 前を歩いていた女性がめくれ上がったスカートを押さえた。 店先にくくりつけてあるヘリウムガス入りの風船がバタバタと揺れた。 白いレジ袋が一気に空へ舞い上がり、雲の中に消えていった。 神社の祭りに来ていたケントはまた、思い出してしまった。 母は祭りの日に、産気付いたんだった。 その日は強風で、中止が危ぶまれたが、早く切り上げることを条件に決行されたんだった。 神社の参道を吹き抜ける風は、人々の熱気と、さまざまな匂いを運んできた。 うず

記憶のリブート 第二話

ケントは母に内緒で月に1回心療内科に通っている。 その心療内科の先生だけが、ケントの記憶のことを知っている。 その先生の話だと、海外でも過去に1例同じような事例が報告されているそうだ。 「その人は今は?」 医師は口ごもった。 「ずいぶん古い話だよ。1959年に15歳で自殺したそうだ」 彼は就学前から父と祖父の記憶に悩んでいたという。 おそらく、彼の父も同じように記憶を遺伝していたのかもしれない。 父はかなりの酒乱で家族にも暴力を振るい、何度も病院送りになってい

記憶のリブート 第三話

AI依存症彼氏持ち ミキ 恒雄(つねお)と付き合い始めて1年が過ぎた。 クリスマスを過ぎたあたりから、恒雄の様子おかしい。 あれだけマメだった恒雄からのメールが途切れ途切れになり、こちらが催促してやっと返信をくれることもある。それもなんだか言い訳がましい。 恒雄と付き合ったのは、彼がモテそうにないことも一つの要因だった。 前の彼は散々だった。背が高くてかっこよくて、優しそうで、年収も2000万超えだった。会話の端端で私のことを小馬鹿にしてきて、可愛い女の子には目がな

記憶のリブート 第五話

「そういう子多いらしいよ。私も、妄想彼氏作っちゃった。チョーいいよ。なんでもいうこと聞いてくれるし、褒めてくれるし、毎日好きって言ってくれるの。サイコーじゃない?」 智子までも、AIに浮かれている。 実態もなく、人の気持ちのわからないAIなんかと恋愛ごっこしてるなんて、信じられなかった。 スマホを手にすると、いつもの癖で、恒雄からのメールを期待してみてしまう。 (ごめんの一言もないのか) (所詮、恒雄はそんな男だったんだ。もっといい男がいるはず。智子も智子だ、みんな

記憶のリブート 第六話

リセット症候群 ミホ 「んー、もう!」 美穂は持っていたスマホをベッドに投げつけた。 ベッドの上で小さく震えるスマホを置き去りにして、外に出た。 いくあてなんかない。 とりあえず、の感覚でコンビニに入った。 ドリンクコーナーでレモンの炭酸飲料を手に取った。 むしゃくしゃしたこの気持ちを炭酸の泡で一気に吹き飛ばしたい。 ポケットに手をやり、舌打ちした。 「スマホ置いてきたんだった」 美穂は持っていた炭酸飲料を元の場所に戻して、コンビニを出た。 スマホなきゃ

記憶のリブート 第七話

美穂はベッドに寝そべってスマホを見た。 リセット症候群 検索 完璧主義 自尊心の低い人がなりやすい 2人に1人がリセットしたことがある 現代病 私、病気じゃないし。 周りの奴がよくない。 よく男運が悪いっていう女がいるけど、私は人運が悪い。 ただ、それだけ。 そうそう。 この環境が合わないだけ。 自分が咲ける場所を探している。 案外ポジティブな奴かも、私。 っなわけないか。ひどいよね、私。でも、切らずにはいられないんだよな。 大学行ったらもっとた

記憶のリブート 第八話

美穂はリセット症候群を治すために心療内科へ行った。 心配だから「一緒について来て」、とレイに頼んで、診察室から出て来たところだ。 「手術、どうする?」 「うん」 「ま、ゆっくり考えな」レイは美穂の肩にぽんぽんと手をのせた。 「ねえ、レイ、私が私じゃなくなっても、レイは友達でいてくれるのかな」 「よっぽどヤバいやつになってなければ、友達でいるよ」 「ヤバいやつって」美穂はうっすらと笑いながら首を振った。「ヤバいやつだったら見捨てていいよ」 レイは美穂の手を握った

記憶のリブート 第十一話

美希は恒雄の記憶をなくして一人暮らしをしている。 転職もして、営業の仕事に就いた。 週末はキャリアアップセミナーに通い、難関資格を取得した。 過去のSNSを見る限り、恋愛依存症で恋やパートナーに振り回されっぱなしだった。しかも男運も悪い。 美希は、これからは仕事を生きがいにして生きていくと決心した。 親を早くになくし、兄弟もいない。いざというときに頼れる人はいないが、順風満帆な今はそんなことはお構いなしだった。今目の前にあるプロジェクトを成功させる方がよっぽど楽しく

記憶のリブート 第十二話

土曜日に会社近くの駅に降り立つのは初めてだった。待ち合わせは駅を降りてバスのロータリーの向こう側にあるあのカフェだ。駅前の店のウィンドウの映った自分を見て前髪に手をやってから、背筋を伸ばして恒雄の元に急いだ。 ドアを開けると笑い声が聞こえた。 すぐに店員が来て、席に案内しようとするのを遮って、窓側の席に向かった。 「恒雄さん、お待たせしました」 「美希さん。今ずっと外見てたけど、正面口から出てきた?」 「正面口しかないですよ、この駅」美希は笑った。「バス停まってたか

記憶のリブート(第十三話)最終話

美穂は伸晃の部屋で、結婚式案内状の宛名をチェックしていた。 「全部オッケーだね。私、あとでコンビニ行くついでにポスト入れておくね」 「頼むよ」 「あー、疲れたね。アイスでも食べよっか」 まだ二人で暮らし始めたばかりで冷蔵庫も一人暮らし用のままだった。伸晃は美穂にカップのバニラアイスを渡した。 「ありがと。それにしても、美希さんこそリセット症候群だよね」 「ああ。記憶なくして、でもやっぱり好きになっちゃうってか」 「わかるなあ、その気持ち。やっぱり同じ人好きになっ