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記憶遺伝症 ケント キャッ 前を歩いていた女性がめくれ上がったスカートを押さえた。 店先にくくりつけてあるヘリウムガス入りの風船がバタバタと揺れた。 白いレジ袋が一気に空へ舞い上がり、雲の中に消えていった。 神社の祭りに来ていたケントはまた、思い出してしまった。 母は祭りの日に、産気付いたんだった。 その日は強風で、中止が危ぶまれたが、早く切り上げることを条件に決行されたんだった。 神社の参道を吹き抜ける風は、人々の熱気と、さまざまな匂いを運んできた。 うず
ケントは母に内緒で月に1回心療内科に通っている。 その心療内科の先生だけが、ケントの記憶のことを知っている。 その先生の話だと、海外でも過去に1例同じような事例が報告されているそうだ。 「その人は今は?」 医師は口ごもった。 「ずいぶん古い話だよ。1959年に15歳で自殺したそうだ」 彼は就学前から父と祖父の記憶に悩んでいたという。 おそらく、彼の父も同じように記憶を遺伝していたのかもしれない。 父はかなりの酒乱で家族にも暴力を振るい、何度も病院送りになってい
AI依存症彼氏持ち ミキ 恒雄(つねお)と付き合い始めて1年が過ぎた。 クリスマスを過ぎたあたりから、恒雄の様子おかしい。 あれだけマメだった恒雄からのメールが途切れ途切れになり、こちらが催促してやっと返信をくれることもある。それもなんだか言い訳がましい。 恒雄と付き合ったのは、彼がモテそうにないことも一つの要因だった。 前の彼は散々だった。背が高くてかっこよくて、優しそうで、年収も2000万超えだった。会話の端端で私のことを小馬鹿にしてきて、可愛い女の子には目がな
ピンポーン 「つねちゃん」 シーンとしている。 (え、まさか外泊?) 私は焦ってインターフォンのボタンを連打した。 「はい。あ、美希さん。なんで急に」寝ぼけた恒雄の声にほっとした。 「なんでじゃないよ。全然連絡取れないから」 「ごめん、今開けるね」 恒雄の部屋は理路整然としている。まるで恒雄の頭の中を見ているかのようだった。 可愛いとか、かっこいいとか、そういう余計なものは一切ない。 「なんでメールしても電話しても出てくれなかったの? 女でもできたの?」