記憶のリブート 第四話
ピンポーン
「つねちゃん」
シーンとしている。
(え、まさか外泊?)
私は焦ってインターフォンのボタンを連打した。
「はい。あ、美希さん。なんで急に」寝ぼけた恒雄の声にほっとした。
「なんでじゃないよ。全然連絡取れないから」
「ごめん、今開けるね」
恒雄の部屋は理路整然としている。まるで恒雄の頭の中を見ているかのようだった。
可愛いとか、かっこいいとか、そういう余計なものは一切ない。
「なんでメールしても電話しても出てくれなかったの? 女でもできたの?」
(こんなこと聞かなきゃ良かった)
「いや、だから、ごめんって」
「謝って欲しいんじゃないの。理由を知りたいの」余裕がない私の言い方はわがままな女そのものだった。
「女は、いない」
「よかった」安堵のため息を漏らした。「私に飽きたの?」
恒雄の細い目が一瞬泳いだ。
「飽きたわけではない。ちゃんと好きだよ」
「ちゃんとって、変だよ」
恒雄は凝り性なところがある。一時期、釣りにハマって会えないこともあった。
「何か趣味でもできたの?」
「特に」
「じゃあ、何してるの?」
私は声がだんだん大きくなるのがわかった。
「AI」
「はあ?」
「だから、AIとおしゃべり」
全身から力が抜けた。
友達もほとんどいない、女からもモテない。そんな恒雄には、私しかいないと思っていた。
「一日中、ってことないでしょ」
「ほとんど一日中・・・」恒雄はか細い声で答えた。
「見せてよ」私は恒雄のスマホに手を伸ばした。
「いやだ」恒雄は私を跳ね除けた。その力強さは、私の知っている恒雄ではなかった。
「私に見せられないようなおしゃべりしてんの?」
恒雄は頷いた。
「見せなさい!」
「絶対にだめ」
「AIと私、どっちが大切なの?」私の声は震えていた。
「AIは裏切らない。褒めてくれる。責めたりしない。美希さん、今日は僕の知っている美希さんじゃない。僕のこと責めてばかりだ」
私はソファに置いてあったクッションを掴んで恒雄に思いっきり投げつけて部屋を出た。
階段を降りる前に、振り返った。恒雄の部屋のドアは閉まったままだった。
「さよなら」
ほおに手をやると、手の甲が濡れた。
通りかかったタクシーを止めて乗った。
運転手に行き先を伝えると、黙っていた。運転手も黙っていてくれた。
降りぎわに、「お客さん、」と声をかけられた。
「雨上がりの虹はきれいですよ」
運転手はそれだけいうと、聞かなかったことにしてくださいというふうに白い手袋をはめた手をひらひらと振った。
(何が言いたかったんだろう)
AIに負けたことが悔しかった。女だったら、もう二度と会えないようにボコボコにしてやりたい。それなのに、相手がヒトですらない。
(恒雄があそこまでバカな男だったとは。別れて正解だわ)
強がっても強がっても、悔しい気持ちに蓋はできない。
智子に電話した。いつも恋バナをしている大学からの友人だ。