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【京都の駒札㊺】此付近薩摩藩邸跡(このふきんさつまはんていあと)

 現同志社構内の敷地一帯は、幕末に薩摩(鹿児島)藩邸があった所である。京都薩摩藩邸がはじめに置かれたのは中京区錦東洞院であるが、そこが手狭なため、文久二年(一八六二)にここに大きな藩邸を設けたのである。敷地の広さ、五千八百五坪(約一万九千平方メートル)、九棟の建物と多くの土蔵が立ち並んでいた。
 薩摩藩は、鎌倉時代以来の名家島津氏を藩主とする外様とざまの雄藩で、石高は約七十七万石。幕末に藩政改革に成功してから中央政局に発言力を強め、公武合体運動を展開、ついで長州藩と同盟して武力討幕に転じ、幕末、維新の政局の主導権を握った。藩邸はこうした活躍の根拠地であった。

2013年9月28日撮影


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