今日投稿すれば216日連続!感動!とのこと
『こんばんは。お体にお気をつけてくださいね』とのこと。格別のお心遣いに感謝する。
読書感想文を書く。
取り上げるのは『天界の眼 切れ者キューゲルの冒険』(国書刊行会)だ。著者はジャック・ヴァンス。訳者は中村融。
本書は<ジャック・ヴァンス・トレジャリー>と呼ばれる企画の第二弾である。
まず粗筋を書こうかと思ったが、その前に訳者あとがきの最後の方を抜粋する。
↓(311ページ)
最後に私事を書かせてもらえば、本書の翻訳は訳者にとって悲願だった。なにしろ中学生のとき<SFマガジン>のバックナンバーで<暮れゆく地球の物語>を読み、高校生のとき自転車通学途中に立ち寄っていた小さな書店で『終末期の赤い地球』を見つけて狂喜乱舞し、大学生のときリアル・タイムで読んだ「十七人の乙女」に痺れた身である。ローラリアスというヒロイック・ファンタジーのファン・グループに参加し、同人誌活動をはじめたころからヴァンス、ヴァンスとわめきつづけ、<SFマガジン>一九八七年三月号にヴァンスの短編「五つの月が昇るとき」を載せてもらって翻訳家デビューしたあとも、ことあるごとにヴァンスと<滅びゆく地球>シリーズの魅力を喧伝してきた。(後略)
↑
この物語は<SFマガジン>に掲載されるジャンルの作品で<暮れゆく地球の物語>や『終末期の赤い地球』や<滅びゆく地球>シリーズといった名称を持ち「十七人の乙女」には人体を痺れさせる作用があることは分かった。訳者の人生を決定する働きもあったかもしれない。男子一生の仕事が、本書で決まったのだ。
その粗筋を以下に記す。
↓(表紙カバーの内側より引用)
快男児キューゲルのゆくところ、火のないところに煙が立つ! 行く先々で大騒動を巻き起こす、自称切れ者キューゲルの奇想天外・荒唐無稽なる大冒険を描く<至福のピカレスク&コミック・ファンタジーここに見参。舞台は数十億年先のはるかな未来の滅びゆく地球、科学が衰退し、魔法が復活した世界。<笑う魔術師>イウカウヌから命じられて、天界を映しだす魔法の尖頭を探す羽目になり北の地に飛ばされたキューゲル、彼は無事に届けて憎き魔術師に復讐することが出来るのか? 襲いかかる食屍鬼やネズミ人間、絶世の美女ダーウェ・コレムとの出会い、<森羅万象>をめぐる100万年規模のドタバタ、<銀の砂漠>の壮絶極まる踏破……華麗なる小悪党にして稀代の無責任男キューゲルが大活躍する奇想と爆笑に満ちた連作全7編を収録。
巻末附録:ヴァンス全中短編リスト
↑
SFファンタジー版ピカレスク小説というジャンルに本書は収まると言っていいだろう。ピカレスク小説とは「悪漢小説」とも呼ばれている。ピカレスク・ロマンとも言われる。その定義は以下の如し。
↓(316ページ、訳者あとがきからの引用)
(前略)ピカレスク・ロマンとは本来「諷刺小説の一類型――十六世紀スペインに起源をもち、主人公は愉快な浮浪者、あるいは無頼漢で、自分の生活と冒険をかなり自由に挿話的な形で語っていく小説」(バーバラ・A・バブコック)を意味する。つまり、騎士道ロマンの裏返しという成立事情から、卑しい生まれの社会のはみ出しものを主人公に、その行動をエピソードの羅列で綴っていく文学形式なのだ。
本書がこの定義にピタリと当てはまることがおわかりだろう。(後略)
↑
本家のピカレスク・ロマンは騎士道ロマンの裏返しだった。本書はSFやヒロイック・ファンタジーの裏返しである。それらの作品に描かれた正義のヒーローのパロディーが自称切れ者キューゲルこと華麗なる小悪党にして稀代の無責任男キューゲルだ。このロクデナシは、先行するSFファンタジー作品の主人公が絶対にやらないことしかやらない。盗み、殺人、美女に襲いかかる等々、欲望のままに生きている。
その犠牲者が絶世の美女ダーウェ・コレムだ。彼女はキューゲルのせいで酷い目に遭う。ちょっと酷すぎて、ここには書けない(苦い笑い)。それがあまりにも可哀想だというので、助けてやりたいと思った男がいた。SF小説『ハイペリオン』シリーズの作者ダン・シモンズだ。ヴァンスの業績を記念するトリビュート・アンソロジーに薄幸のヒロインである彼女が生まれ変わった姿を見せる「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」を寄稿した。筆者は未読だが、そこで彼女が救われることを願ってやまない。
残虐非道な悪漢キューゲルが物語の最後にどうなるのかを見届けるのも、本書の醍醐味だろう。読み返して思い出したのは山田風太郎『妖説太閤記』だ。あの読後感に似ている。爽快感と虚しさを同時に味わえるのだ。そんな奇書は滅多にない。二冊ともお勧めしたい。
どちらも美女が酷い目に遭うのは偶然か? あるいは、必然か。