読みやすくした遠野物語③山女
山の奥深くには山人がいます。
栃内村和野に住む佐々木嘉兵衛さんは、今も70歳を超えて生きています。
若い頃、狩りをしに山の奥に入った時、遠くの岩の上で、長い黒髪を梳かしている美しい女性を見ました。その女性はとても白い顔をしていました。
嘉兵衛さんが恐れずに銃を向けて撃ったところ、女性は弾に当たって倒れました。
近づいて見ると、背が高く、解かれた黒髪は身長よりも長かったです。
記念にその髪の一部を切って持ち帰ろうとしましたが、途中で強烈な眠気に襲われ、少し休んでいる間に、背の高い男が近づいてきて、その髪を取り返して去っていきました。
嘉兵衛さんはこれは山人だと思いました。
山口村の吉兵衛さんは、根子立山に入って笹を刈っていた時、風が笹原を吹き抜けるのに気づき、見ると奥の林から若い女性が小さな子どもを背負って歩いてきました。
女性は美しく、長い黒髪を垂らし、子どもを藤の蔓で結びつけていました。
衣服は縞模様で、裾は破れていて、木の葉で繕っていました。足は地につかず、何も言わずに吉兵衛さんの前を通り過ぎて行きました。
この出会いから吉兵衛さんは恐怖を感じて病気になり、しばらくして亡くなりました。
白望の山には離森という場所があり、そこには人が住んでいない長者屋敷があります。
そこである人が炭を焼いていた時、夜になると小屋の外から女性が覗いているのを見ました。
女性は長い髪を二つに分けて垂れていました。
この地域では、夜に女性の叫び声を聞くことは珍しくありません。
佐々木氏の祖父の弟は、白望でキノコを採りに行った夜、谷を隔てた大きな森の前を横切る女性を見ました。
彼女は空中を走っているように見えました。
「待ってちょうだい」と二声だけ聞こえました。
離森の長者屋敷では、数年前までマッチの軸木を作る工場がありました。
夜になると、女性が戸口に現れて人々を笑うので、孤独感に耐えられず、工場を山口に移しました。
その後、同じ山中で枕木を切り出すための小屋を建てた人がいましたが、夕方になると作業員が道に迷い、帰ってきても茫然としていることがしばしばありました。
これらの作業員が後に話したところによると、女性が現れてどこかへ連れ去られ、帰ってきた後は2日から3日間何も覚えていなかったそうです。
補足 山人とは
遠野物語における山人や山女は、日本各地の山中に伝わる神秘的な存在や妖怪として描かれています。
これらの存在は、人間と異なる能力や特徴を持ち、時に人間の世界と交流することがあります。例えば、遠野物語には山男や山女の民話が多数紹介されており、これらの存在は山の自然や精霊と深い関連があると考えられています
遠野物語では、山男や山女が人間に危害を加えることは少なく、むしろ人間と交流することで互いに影響を与え合う姿が描かれています。
山男が人間の火を借りて暖をとる、または人間に食物を与えられるなどのエピソードがあります。
また、遠野物語に収録された話は、柳田国男が明治42年(1909年)に初めて遠野を訪れ、地元の人々から聞き取ったものであり、その後もさまざまな場所で聞き取りを重ね、集められた話がまとめられています。
これらの話は、遠野地方のみならず日本の多様な地域に伝わる山の存在に関する伝承を反映しており、地域ごとに異なる山の精霊や神の信仰を垣間見ることができます。
山人や山女の話は、単なる怪談や伝説ではなく、その土地の自然環境や文化、人々の生活と深く結びついたものであり、遠野物語を通じて、人間と自然との関係性や、古来から伝わる信仰や価値観を理解することができます。