【短編小説】外観検査を追求せよ!
「では、はじめますか。」
中年男性の発言に、若手と頭の薄くなった定年間近の男性が頷く。
本日の議題は『外観検査規格の見直し』についてだ。
先日、外観不良の品質問題が発生し、色々と調べていくと仕様書の外観規格に問題があることがわかった。
そこで見直しが必要となったのだが、誰が担当するかに関して様々な部署にたらい回しにされた結果、前回立派な作業標準書を作ったという理由で、この三人に白羽の矢が立ったのだった。
あの作業標準は何故か事業部長にいたく喜ばれ、特別賞を頂くまでになったが、『大丈夫か? この人?』と中年男性は思ったものだ。
だが裏を取ると何てことはない、事業部長の言う通りにやったのが我々だけだったのだ。事業部長も言った手前、引き下がれなくなったのだろう。
もし本気で喜んでいたのなら、この事業部の将来が危ういと思わざるを得ない。
ちなみに、そういう裏事情を知らない若手だけは、純粋に喜んでいたのだが・・・
「えーと、じゃあ、まずは今の規格を確認しますか。なになに・・・『蛍光灯下で20cmの距離で検査し、外観欠点が無きこと』か・・・、どう思う?」
すると、定年間近の男性が手を挙げた。
「ず~っとモヤモヤを感じてたんだよな。こういう官能検査の定義って、曖昧だよなって。」
なんだか色々と案を持っていそうな雰囲気だ。
「お、なんか気合入ってますね、ワタさん。」
若手が意外そうな顔をして、茶々を入れる。
「茶化すなよ。まず、蛍光灯って言っても、色んな種類あるよな。そもそも数値で規定しないとダメなんじゃないのか? あと、20cmっていっても、ピタリは無理だから公差がいると思うんだよ。」
なるほど、と中年男性は素案をパソコンに打ち込んでいく。
「なるほど。じゃあ、検査環境は・・・照度で定義しましょうか。例えば、3000ルクスの照明下、距離は20±5cmって感じですか?」
「そうそう、照度も公差は500ぐらいが適当かな。」
「そう記載しますね。後は・・・何かありますか?」
ここで、若手が手を挙げた。
「(・・・来たな)どうぞ。」
身構えつつ、続きを促す中年男性。
「これって、人によって差が無いですかね?」
「というと?」
「例えばこの前、ワタさんと不良品の解析をしたんですけど、僕はここにあるって言っても、ワタさんは見えねえ見えねえって言うんですよ。」
「うるせえな。老眼なんだからしょうがねえだろ。お前だっていずれはそうなるんだよ。」
引き合いに出されたワタさんこと定年間近の男性は怒っていたが、一理あると思った。
「そうすると・・・」
「年齢を記載するとか。例えば、40歳までとか。」
「だったらよ。年齢は大丈夫でも目が悪いやつとかはどうすんだよ。」
ワタさんが意趣返しなのか、文句のようなものを言ってきた。ここから迷走が始まった。
その後は体調はどうだとか、色覚がどうだとか色々な話が出て来た。中年男性はもう何がなんだかわからなくなり、とりあえず出て来た案を何も考えずに追加していく。一通り出来上がったところで、休憩となった。
(は~~~、やっぱユン〇ル(高いやつ)は効くな~~~)
休憩の後、中年男性が最終確認に入る。
「では、これでいいですね?」
この言葉に若手とワタさんは頷く。こうして出来上がった外観検査規格は次の通り。
変更前:蛍光灯下で20cmの距離で検査し、外観欠点が無きこと。
変更後:三波長蛍光灯下を使用し、照度3000±500ルクスの位置に検査品を置き、そこから25±5cm、かつ角度は検査品の面から±10°の範囲で検査すること。検査員は40歳以下であり、ランドルト環検査にて両目の視力0.8以上を有し(眼鏡等矯正器具使用可)、若年性老眼無きこと、色覚異常なきこと、既往歴は無い事が望ましいがある場合は医師の診断書があること、めまい・吐き気・頭痛などの症状がなく、前日の睡眠時間は6時間以上の十分な時間を確保していること。
検査品の外観は視野に入ってから3秒以内に欠陥と認められるような異常が無き事(じっくりとは見ない)。
出来上がった規格案を見て、中年男性はふと思った。
(なんだか・・・落語の寿限無(じゅげむ)みたいだな。)
この規格案の運用に関しては、現場と大いに紛糾したことは言うまでもない。
めげるな、生産技術者! そんな事もあるさ!
おわり