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【小説】とあるおウマさんの物語(9話目:タマクロス 危機一髪!)
前回までのあらすじ
理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
3勝クラス初戦、狙い通りの2着で喜んだのも束の間、「審議」ランプが灯り、結局は着順入れ替わりで1着となってしまう。 放馬に斜行と、ありえない事続きの連勝でついに、オープンクラス入りとなってしまい・・・
本文
―オープン初戦当日―
前回のレースから約1ケ月後。オープン昇級後の初レースの日となった。今回は、レース場が厩舎から近い事もあり、当日移動だ。梅雨が近いせいか、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空。
今の自分の気持ちとぴったりだ。
(あ~、ゆううつ・・・)
ちなみに、今回はブーことオルフェーブーとメシちゃんことメシアマゾンが一緒だ。
既に二人はレースを終え、すっきりとした顔をしている。
「あ~あ、今回もあかんかったか~。」
これは、メシちゃんの発言。
「雨・・・降らなかった・・・。」
こいつはブーの言葉。ブーは何故か、重馬場や不良馬場には滅法強く、唯一上げた勝利も泥んこのような馬場だった。なんで、そんなに悪天候に強いのか尋ねた事があるが、「跳ねて来る泥を顔に浴びるのが好き」との回答だった。
・・・世の中、色んな嗜好を持った人、だけじゃなく馬がいるようで。
「こうなったら、タマやんの3連勝に期待かな。・・・タマやん、どうしたん? 変な汗出てるで。」
「なんか・・・ちょっと、お腹が・・・。」
そうなのだ。今朝は大丈夫だったのに、急にお腹の調子が悪くなってきたのだ。
「ええ! だって、レースもうすぐやろ? ブーやん、なんか薬とか持ってへんの?」
「ある・・・」
そう言って、オルフェーブーが体を揺さぶると、耳からポトリと丸められた藁のようなものが落ちて来た。
「あるんかい! でも、丁度ええやん。タマやん、これ食べれば?」
メシアマゾンの誘いに促され、まさしく藁にも縋る想いでブーの耳から出て来た怪しい藁を食べる俺。これが、痛恨のミスだったと気付かずに・・・。
そしていよいよ自分のレースの番となり、俺はパドックの中を鈴木厩務員その一さんに引かれて歩いていた。いつもの俺なら周りの馬や雰囲気を探っているのだが、今回はそういう事をしていない。と、いうより余裕がなかった。お腹の調子が悪くなる一方なのだ。
(昨日食べた、あの不味い草のせいか? いやでも、ブーの薬飲んでからひどくなっているような!?)
脂汗をかきながら肛門をキュッと締め、一心不乱に前を見て歩く俺。そんな俺の様子を見て、とある競馬番組のMCとコメンテーターが話しているのが聞こえてきた。
『おや? 今日のタマクロスはいつもと違いますね。気合が入ってる、そんな歩き方をしています。今日はオープン昇級初戦ですが、期待できるのはないでしょうか?』
『そうですね。今、連勝中で勢いがありますからね。いよいよ本格化してきたのかもしれません。ズバリ、『買い』ですね。』
(違います。本格的にお腹がやばいんです。)
そう思いながら、俺は早く治まってくれ! と祈りながら歩くのだった。
そんな俺の映像を馬房で見ているメシアマゾンとオルフェーブーの2頭。
「・・・あれ、何の薬?」
「下剤。・・・出すもの出せばすっきり・・・。」
「・・・・・・ (汗)」
微妙な雰囲気になった2頭の隣では、事情を知らない鈴木厩務員その三さんが『タマ、気合入ってるね~』と感心していた。
時は過ぎて発走直前。献身的な祈りもむなしく、お腹の調子はどんどん悪くなっていく。俺は変な汗をかきつつゲートに入り、頭の中を猛烈に回転させていた。
(これはやばい。まさかゲートの中で出す訳にもいかない。どうする? タマクロス!)
浮かんできたのは3つの案。
A:もれないように力を抜いて走る。着順なんて関係ねぇ!
B:とにかく時間との勝負。速くゴールして隅っこ行って放出すべし!
C:今出しちゃう
とりあえず、Cは却下。お通じをしてスタート遅れましたなんてしたら、それこそ後世まで語り草になってしまう。もう恥ずかしくて人前に出られないし、競走馬引退で引きこもり生活確実だ。
となると、AかBだが、Aはやった事がないので、力の加減が解らない。Bだって、勢いよくダッシュしてそのまま出ちゃったら・・・なんて考えているとゲートが開いてしまった。
「さぁ、スタートしました!」
ええぃ、ままよ!と、俺は勢いよくスタートを決める。すると、力を入れたのが良かったのか、括約筋も活躍し、『ビバ! 開門!』には至らなかった。その状態を保つため、俺はスピードを緩めずどんどん加速していく。
「ばらけたスタートでしたが、おおっと11番タマクロスが押していってハナにたった!」
初めから先頭に立つことなどめったにしない俺だが、今日ばかりは諸事情により一心不乱にゴール、もといその先を目指していく。すると、そんな俺の様子を意外そうに見ていた鈴木小坊主騎手が、『ついに目覚めたのか!』なんて勘違いをしたのか、鞭を入れて煽ってきやがる!
(やめて~~、そこ敏感だから~、鞭でしばかないで~~)
哀願しつつ、後で蹴りくらわしたる! と怒りもしながら俺は駆けていく。初めのコーナー、向こう正面、そして最終コーナーへと俺は後続を引き離していく。
「さぁ、最後の直線、依然として先頭は11番のタマクロス。少し、脚色に鈍りが出てきたか? 後続馬との差が縮まってきています。」
さすがに飛ばし過ぎたのか、エネルギーを後ろに回したせいなのか、俺のペースも少々鈍ってきた。直線に入ると後ろの馬たちが猛烈に追い上げて来る。
さすがはオープンクラス、俺の驚異的スピードにめげる事もなく、ぐんぐんと追い上げてくる。
俺もお腹の調子がこのままだったら、なんとか漏らさず済みそうか?(※もはや着順は些末な事と考えている)と少し気が緩んだ瞬間だった。
ギュルルルル、グルルルルルリュルリュル~~~~~~~
そんな音とともに、俺のお尻に過去最大のビッグウェーブがやってきた。
(・・・こ、これ、あかんやつや!!)
(やばい、このまま出ちゃったりしたら・・・)
『珍事! オープン初戦でお尻の穴がオープン』なんて某スポーツ新聞の見出しに書かれるかも。
そうなったら、俺の人(馬)生詰んでまう! あなたとレースする馬は居ません、と出禁になってまう!
そしたらグラスやジンロ姐さん、皆とお別れになっちゃう! ・・・と、ぐるぐると色んな事を考え出す。
(そ、そんなのはいやだ~~~!)
そう思った俺は、持てる力の全てをお尻周辺に集中させ、鬼気迫る形相で走り出す。小坊主が相変わらず鞭を敏感な場所にバシバシと入れているが、集中力全開の俺はもはや気にならなかった。
(うおおおおぉぉぉぉおおお~~~~!! 一刻も早く、一時でも早く茂みへ!!)
その結果、俺はなんと2着に5馬身以上もの大差をつけて、オープン初戦を勝利で飾ってしまったのだった。
「おぉ~っと、すごい、すごいぞ! 11番タマクロス! 逃げの態勢のまま、最後まで後続を寄せ付けず圧勝劇を飾りました~~~。」
アナウンサーの声とともに、どよめきが走る競馬場。そんな中、俺はゴールした後も速度を一切落とさずに、レース会場の隅の方まで駆けて行く。
そして、なるべく皆から見えない位置で『ハァ~~ン(悲)』と昨日食べた草を放出するのだった・・・。
タマクロス 芦毛 5歳 15戦5勝 “ウン”も味方につけ3連勝!
つづく