【長編小説】二人、江戸を翔ける! 1話目:始まり⑤
ライトな時代小説という感じで書きました。週一ペースで投稿予定です。
朝四ツ(午前十時頃)を過ぎてからやっとのことで店を抜け出す事が出来た凛は、藤兵衛と二人並んで歩いていた。
「別にわざわざ家まで持ってくる事もないのに」
「いえいえ。こういう事はきちんとしなさいと、お梅さんからも言われてるので」
彼女が持っているのは風呂敷に包まれた何かで、どうやらこれがお礼の品らしかった。
二人は藤兵衛が住んでいる裏長屋に向かっていた。
この時代、一軒家に住むのは裕福な層に限られており、職人や日雇い、行商人などの庶民層は『長屋』と呼ばれる横に長い建物を壁で幾つかの部屋に区切った一間住まいが一般的であった。尚、通りとは遠ざかる方向に建物が延びているので『裏』が付く。
よって、藤兵衛のような浪人も裏長屋、今でいうアパート住まいなのが基本である。入口には長屋の名前や住民の情報が記された木札が掲げられており、藤兵衛の長屋にも『土左衛門店』と物騒な名前の木札が掲げられていた。
そして、この長屋の大家はあのお梅婆さんであった。
「へ~~~、思ったより片付いているんですね」
「片付いてるというより、物が少ないだけさ」
六畳一間ほどの部屋には行李(こうり)が一つに内職用の紙や傘の骨組みが隅の方に寄せられ、それに食器類が幾つかある程度であった。
だが掃除はこまめにされているようで、全体的に小綺麗であった。
「いやいや、男の一人暮らしだから、とっちらかって凄い状態になってるもんだと・・・」
「はは。いずれはそうなるかもね。まあ今のところは何とか」
竈に火を起こしながら、座りなと目で促す。
凛は座るとすぐに包みをほどいていく。
「お礼ですけど、大したものじゃないんですけどお弁当を作ってきました」
包みの中は三段重ねの重箱で、中にはおにぎりや江戸前の海で取れた魚の焼き物や和え物、季節の野菜を使った煮物などが色とりどりに並べてあった。
「え・・・ これ、君が作ったの?」
「全部が全部では無いですけど、ほとんどそうです。一応料理屋で働いてますし。あ、味はまあまあだと思うんですけど」
感心しながら藤兵衛はおにぎりを一つ手に取る。ものすごい力で圧縮されたのだろう、ご飯の粒が潰れて餅のようになっていた。
(・・・これも個性よ (汗))
そう思って一口食べてみる。
「あれ・・・? 旨い」
「・・・なんですか? その意外だ、みたいな感想は」
「あ、いや、失礼。でもホント旨いよ。久しぶりにこんな旨いのを食べたかもしれない」
そう言いながら勢いよく食べていく。その様子を見て、凛は嬉しそうな顔をしていた。
食後の一服にと、凛が湧いたお湯を湯呑に注いでいく。
「よかったです。口に合ったみたいで」
「いや、ホント旨かったよ。こっちに来てからまともに食べたのは初めてかもしれない」
藤兵衛はお礼の料理に満足したようで、白湯を飲むのもおいしそうだ。
「初めてって・・・ 一体今までどんなの食べてたんですか。というか、藤兵衛さんは江戸の生まれじゃないんですか?」
「ん? ああ、元々は江戸に居たんだけどしばらく離れていてね。で、人の伝手を頼って戻って来たって訳さ」
「へ~、そうすると、その伝手を頼った結果がお梅さんだったって訳ですか」
「そんなとこかな。まぁ、あの婆さん、色々とこき使ってくれるけどね」
そう言うと凛はくすくすと笑い出す。どうやら、こき使われてるのは藤兵衛だけではないらしい。
暫くすると凛が気になるものを見つけたのか、ちらちらと見ていた。
「あの、ちょっと気になったんですけど」
「何が?」
「あそこにある黒いのは一体・・・?」
凛の目線の先には黒い塊が壁に立てかかっていた。
「ああ、あれか。 あれは『鉄傘』、鉄で出来た傘さ。ちょっと昔に知り合いからもらってね」
「は~、鉄ですか。それは重そうですね・・・」
感心すると同時に何かに気付いたのか、凛は突然大きな声を出す。
「あ! そろそろ店の方に戻らないと! あの、藤兵衛さん、今日はホントにありがとうございました」
改めて礼を言い、恥ずかしそうに続ける。
「あの・・・ 良ければ、また、お弁当持ってきてもいいですか? これっきりって言うのも何だし、お梅さんと知り合いの方ですし」
「ん? ああ。 旨いもの持って来てくれるのは大歓迎さ」
藤兵衛が笑みを浮かべて言うと、凛はほっとしたような表情をする。
「一人じゃなんだし、送っていくか?」
「大丈夫です、まだ昼前ですから」
凛は見送りを断ると手早く重箱を片付け、いそいそと『いろは』へとんぼ返りしていった。
つづく