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【ショートショート】信州女と青森男 ~5分前行動~

これは信州出身の女性と青森出身の男性が紡ぎ出す、小さな物語である。

待ち合わせ場所の本屋の中で、男は一人悩んでいた。

(う~む・・・ 信州人は時間に正確じゃなかったのか?)

信州に引っ越す前に住んでいた九州、それも南の地方では人柄が大らかな分、時間に対してもルーズだった。

例えば『飲み会は七時から』という連絡があった場合、五分前に行っても人はほとんどおらず十分程過ぎてからぽつぽつと集まり出す感じであった。

それもあってか信州に越してきたばかりの頃は、五分前に飲み会に行くと人がほとんど揃っていたため大いに驚き、

(これが信州人の『五分前行動』というやつか!)

と、同時に感心もしたのだった。

だったはずなのに・・・ いない。

今日は信州で知り合った女性と初デートの日。男は遅れてはまずいと十分前に待ち合わせ場所に着いたのだが、あの人はいなかった。

(五分前までには来るだろう)

そう考え店で時間を潰しながら待っていたが、五分前になっても・・・来ない。そして、三、二、一分前と経過し、時間ちょうどになってもあの人は来なかった。

(すっぽかされたのかな?)

残念に思ったがこういうこともあるだろうと携帯画面を見ると、メールの着信があった。

開くとそこには、

「ゴメン、少し遅れるね。待ってて」

の文字が。

これを見て安心しこうして待ち続けているのだが、二十分経過してもまだ来ない。ということで、最初の『信州人時間きっちり説』に疑念を抱いたのであった。

そうこうして三十分後、女はついに姿を現す。

「ごめんごめん、準備に時間が掛かっちゃって」

悪びれもしない態度に多少イラっとしたが、ぐっとこらえデートに臨むのであった。

こうしたデートの約束時間遅れがほぼ毎回だったので、男はある時それとなく聞いてみた。

「信州の人って、五分前行動するって聞いたけど・・・」

それに対し、女の答えは簡潔だった。

「え? してるよ? 五分前から準備始めてるけど」

何の迷いもない眼差しで見つめてくる女。この瞬間、男は悟った。

(なるほど。五分前に『到着』ではなくて、『準備開始』なのか。確かに、五分前(から)行動だ)

当然、この論理はこの女だけなのだが、男はそのことに後年になって気付く。

これ以降男はデートに赴く際には、折りたたみ椅子、本、ドリンクなどの待ち合わせグッズを携行するようになる。

そして今日もまた指定時間きっかりに送られてくる『ゴメン、少し遅れるから待ってて』メールを読むと、

(さて、今日は何分待たされるのやら・・・)

と、ゆったり一人の時間を満喫するのであった。

おわり

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