【長編小説】二人、江戸を翔ける! 2話目:コンビ初仕事②
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。ある朝、藤兵衛に助けられた。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。
えり、せり、蘭:いろはの従業員で、凛の同僚。
■本文
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話を聞いていた藤兵衛はずっこけていた。
「変態って、どういう事ですか! そりゃ女性は普通に好きですが、上はせいぜい五十ですよ!」
「大して変わらんじゃないか! ま、とにかくそんな事があったのさ。だからあんたが言う百の善行ってのは、あの娘の考えた嘘さね」
お梅婆さんは、さも可笑しそうに話す。
「・・・随分、ご機嫌じゃないですか」
「そう見えるかい? 何だか自分の若い頃に似てると思ってねぇ。ま、あれくらいの年は怖いものなんてないもんさ」
「え“?」
(凛とこの婆さんが似てる? じゃあ、あいつもいずれはこんな感じに・・・)
そんな想像をして、ぞっとしてしまった。
「あんた、今なんか失礼な事考えてなかったかい?」
「いえいえいえいえ、そんな滅相もない!」
図星を指され、必死に否定する。
「まあいいや。それはそうと藤兵衛。前にも言った『符号』はもう考えたかい?」
「へ? そんな、富豪だなんて。今は生活するだけでカツカツですよ。もう少し賃金をはずんでくれないと」
「あほ! 誰が金持ちの話なんてした。合言葉のことだよ!」
「ああ、そっちですか。いえ、まだですが何で?」
勘違いをアホ呼ばわりされても、藤兵衛は全く気にする様子はない。
「あの件は依頼人を直接向かわせるって言っただろ。依頼人が本物かどうかを確かめるために使うのさ」
「ああ、なるほど・・・。え!? ちょっと待ってくださいよ。受けるって言ってないですよね?」
ここでお梅婆さんはにいっと笑った。
「な~に言ってんだい。百の善行をするんだろ? あと、九十九あるじゃないか。ま、頑張って励みな」
そして、この件は終わりだとばかりに一服し始める。
(いやいや、それ俺が言った訳じゃないから)
心の中で思ったが、何となく断れなさそうな雰囲気だったので、
「わかりましたよ、後で考えます・・・」
と答え、小さくため息をつくのであった。
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その頃話題にのぼっていた少女、凛は『よろづや・いろは』で後片付けをしていた。藤兵衛の裏稼業の押しかけ助手にはなったが、本業はあくまで『いろは』の住み込み従業員である。
「り~~ん、み・た・わ・よ」
机を拭いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには矢絣の文様が入った小袖に紺色の袴という、凛と同じ恰好をした娘が三人立っていた。
ちなみにこれは店の制服で、お梅婆さんの趣味である。
「あの人だったのね、あなたの逢瀬の相手は。ちょっと変わった風体だけど、顔立ちはなかなかじゃない」
「ね、ね、どこで知り合ったのよ。向こうから声かけてきたの?」
「・・・・・・」
三者三様の彼女達は『いろは』で働く同僚であり、絡むような口調は『えり』、食いつきがいいのは『せり』、無口なのは『|蘭《らん》』という名前である。
「あ、見たの? ・・・って、逢瀬なんかじゃなくて江戸の町を案内してただけ!」
凛は手を休めずに答える。
「むきになって否定するところがますます怪しいわね。 ま、いいわ。 凛、最近元気になってきたよね」
「そうそう! なんかお父さんの事があってから、ずっと思い詰めた顔してたから・・・。心配してたんだよ」
「・・・・・・」
蘭は何も言わずにコクコクと首を縦に振る。どうやら心配していたのは一緒らしい。
「ごめんね、心配かけて。色々あったけど、全部上手く片付いたから」
(あなた達が話題にしてきた藤兵衛さんに助けられ、しかもその人は白光鬼というかつての凶悪犯だったんです)
なんて事は言えないので、そこは黙っておく。
「なら、いいんだけど」
「でもさ、最近凛ちゃん朝方になるとどっか出かけるよね。もしかして・・・」
「あのね、勘違いしないでね! 私は今、藤兵衛さんと一緒に仕事してるの! 傘張り仕事の面倒見に行ってるだけだから!」
せりの言葉に反応し、凛はついつい言う必要のない事までしゃべってしまった。
「ふ~~ん。あの人、藤兵衛って言うのね」
「私、あの人のところって一言も言ってないからね。でも、やっぱそうなんだ」
「あ・・・」
自分の失言に気付き、凛は固まってしまう。
「・・・通い妻」
「「きゃ~~!」」
蘭の一言にえりとせりが反応し、三人できゃっきゃと騒ぎだした。これにはいい加減、凛も堪忍袋の緒が切れる。
「あんたたち・・・ いい加減にしなさいよ」
懐からおやつに取っておいたリンゴを取り出すと、無表情のまま片手でブシュッと握りつぶしてしまう。
「「「・・・・・・(汗)」」」
三人娘はからかい過ぎたと気づき、
「「「すんませんでした!!」」」
と、急ぎ謝るのだった。
つづく