【小説】とあるおウマさんの物語(13話目:重賞踊り)
前回までのあらすじ
理念は「2着こそ至上」。能力はあるけど、上は目指さず気ままに日々を暮らしていた1頭の芦毛の競走馬:タマクロス。
3連勝後の放牧先で、素敵な彼女と出会うタマクロス。その後偶然にも彼女と一緒のレースになり、これからもレースで会えればと2着を狙うのだが、ゴールまでの距離を勘違いし勝ってしまう。その結果、彼女とも別れる羽目になり、タマクロスは夢の世界へと逃げ込んでいく。
本文
青く澄み渡る広い空の下、草原特有の軽ろやかな風が吹く中を、俺は気持ちよく駆けていく。
「うふふ、捕まえてごらんなさーい。」
俺の前を一頭の容姿端麗、スタイル抜群の美馬が駆けている。
「ははは、待ってよ~、アレグリア~。」
名前を呼びながら追いかけ、追いついたところで俺は彼女に思わず抱きついてしまう。すると彼女はきゃっと言いながら、恥ずかしそうに俺の方を振り向いて顔を見上げてくる。
「やっと、捕まえた。もう離さないよ。」
そう言いながら、彼女に顔を近づけていく俺。
すると、視界が段々と霞んでいき、どこからか「センパ~イ」と間抜けな声が聞こえてくる。
なんだか嫌な予感がした俺はそれを振り切ろうとし、無理やり話の続きを進めようとする。すると突然体に大きな衝撃が加わった。
「センパ~イ! 大丈夫っスか! いい加減目を覚ましてくださいっス!」
ふと目を覚ますと時刻は夜のようで、目の前では酒瓶を持って大騒ぎをしている人間たちが見えた。
「あ、あれ? ここは? マイ・スイートハニーは?」
「ここはセンパイの心のふるさと、鈴木厩舎っス! センパイはあのレースの後、ずっとアナザーワールドへ行ってたっスよ! もう、心配してたんスから。とにもかくにも、やっと戻ってきてくれたッスね!」
・・・しばらく呆けていた俺は、次第に頭が回り出し、それと同時にあの嫌な思い出が蘇ってくる。
すると、段々と理不尽な怒りが湧いてきた。
「ああ、そうだった、勝っちゃったんだ・・・。 ・・・くそう、何でだ! 何で、あんなに直線が短いんだよ!でっかい道なんだから、もっとレース場も広く作ればいいのに! なんとかしてこい、この砂野郎!」
「ひ、ひどいっスよ、センパイ! 僕に当たらないで下さいっス。JRAにも都合ってものがあるっスよ。」
砂野郎と呼ばれたグラスことダート路線のグラスワインダーは、俺の理不尽な怒りを受けつつも、冷静に返してくる。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ、タマクロス。そもそも、4連勝したのに何でそんなに荒れてるのよ。」
「そうやで、タマやん。勝ちすぎて、頭おかしくなったんか?」
そこへ我が厩舎の紅二点、ジンロ姐さんとメシアマゾンが加わってくる。
それはっスねぇ、実はかくかくしかじか・・・と、グラスワインダーは訳知り顔で説明を始める。
一通り聞き終えたジンロ姐さんとメシアマゾンは、納得したような呆れたような顔をする。
「それは何というか残念、としか言いようがないけど。でも、タマクロスが負けたからって、その娘と結ばれる訳ではないでしょう?」
そうなんだけど、それはそうなんだけれども、また会えるかもしれないじゃないか! つらい事だらけの現実世界で、ちょっとは希望を持つことがあってもいいじゃないか、と心の中で訴えながら、俺はジンロ姐さんをじとっと見つめる。
「そうや、ジンロ姐さんの言う通りやで、タマやん。所詮、駄馬血統なんやから、恋をするだけ無駄ってもんやろ?」
と、メシちゃんことメシアマゾンが可愛い顔をして、どぎつい言葉を放ってくる。
「駄馬血統で悪かったな! そっちだって似たようなもんだろう!」
俺は涙目になって言い返す。俺の横では、グラスもショックを受けていた。
確かに我々競走馬、特に牡馬は子孫を残せるのはほんの一握り。メシちゃんの言葉は現実を反映しているだけに、余計に傷ついた。
「こら! メシアマゾンもそこまで言う事ないでしょう! 駄馬は駄馬でも珍しい駄馬血統なんだから、物好きな人が欲しがるかもしれないでしょ!」
ジンロ姐さんがフォローを入れてるつもりだろうが、余計に俺とグラスの心を抉ってくる・・・。
「まぁタマの気持ちもわかるけど。そういう時にはお酒を飲むのが一番よ。タマの祝勝会なんだから、ぱ~~っと行きましょう!」
そう言うと、脱兎のように逃げ出そうとするメシアマゾンを捕まえ、ジンロ姐さんは俺に無理矢理酒を飲ませてくるのであった。
飲みながら鈴木厩舎の面々を見ると、相変わらずのバカ騒ぎが起きている。
前の前の飲み会の時は、『オープン・ダンス』という、半裸でお尻を振り振りする踊りをしていたが、今日は『重賞踊り』という演目になっていた。
と言っても、内容はオープンダンスとさほど変わらず、おっさん達が半裸から全裸になったところが進化(?)していると言えよう。尚、この踊りは重賞での活躍を願う鈴木厩舎秘伝の踊りらしく、前に行われたのはジンロ姐さんの時だったとか。
その重賞踊りの内容とは、お尻を振り振りしつつ変なポーズを決め、これまた変な台詞を連呼するものであった。
『じゅ、じゅ、じゅ・う・しょう! じゅうしょう、ゆうしょう、どうしよう!?』
おっさん達が見たくもない体をさらけ出して叫んでいる。
この様子を見ていると、この人たちの頭の中が『重症』では? と疑ってしまう。それでも今夜だけは、この人たちのバカっぷりに何だか救われる気がした。
眺めているうちに俺はじっとしていられなくなり、グラスを引き連れて重賞踊りの輪の中に加わっていく。するとジンロ姐さん、メシアマゾン、マックやブーもそのうちに加わり、その夜は鈴木厩舎全人馬で、遅くまで吞みまくり、踊り狂ったのだった。
つづく