【短編小説】異世界:魔法使い(炎系)が雇われて・上
ここは魔法が存在する西洋ファンタジー的な世界。これはそこで暮らす、とある職業人の物語である。
僕の名はイグニス。こう見えて、魔法使いです。
得意な魔法は炎系で、魔物から燃えるゴミまでとにかく燃やすことが大好きな二十代前半・独身です。
先日までパーティーを組んで狩りに行ってきましたが無事に終わり、今はこうして一人で出来そうな依頼を探しています。
そんな中温泉に関する求人を見つけ、ついつい手に取りました。
『炎系魔法が得意な人募集。仕事の合間には温泉入り放題! 募集先:テルメ温泉』
(炎系限定って、どういうことだろう?)
疑問を感じましたが『温泉入り放題』という文言に惹かれ、この仕事を引き受けることにしました。
テルメ温泉。調べてみると最近になって新しく出来た温泉地で、露天風呂を売り物にしているとのこと。
(露天風呂か・・・ どんなのだろう?)
見たことがない『露天風呂』というものに期待が大きく膨らみます。効能は神経痛や五十肩、美肌効果で、残念ながら僕が気にしているチリチリヘアーには効果がありません。
温泉に縮毛矯正とかの効能があればいいのに。
え? なんでチリチリかって? だって、炎飛ばすんですよ? 燃やすんですよ? 至近距離でぶっ放すとそりゃあもう熱いのなんのって。
おかげで髪の毛だけじゃなく眉毛、腕毛、すね毛、下の毛までチリチリなんです。
おっと、脱線してしまいましたね。
さて、依頼元のテルメ温泉協会に行ってみると・・・
「え!? 温泉が出ないんですか!?」
「んだです」
「そんなあ・・・」
がくっと肩を落とした僕に温泉協会の方、お爺さんが状況を説明してくれました。
「こごはな~んも無え田舎だったでな。人も減ってぐし、どうすたもんだど村の皆で話すてな。そすたら、温泉でも出れば何とがなるんでねが、ってなってな。皆で温泉掘ったんだや」
「はあ・・・」
「へたら、ほんとに温泉っこが出できでな。そりゃあ皆でよろごんだんだ。露天風呂さ整備しで、さあこれがらって時になっだら、いぎなり出なぐなってまったんだがや」
聞き取りにくい言葉でしたが何となく状況は理解できたので、適当に相槌をうちます。
「へたたてよ。もう客も来でるし止めるわげにはいがんべや。そこで、考えたのがあれよ」
お爺さんは小高い盛り土を指さします。
「あれ?」
その盛り土は男女で分かれている露天風呂のちょうど中間に位置してあって、なぜか扉がありました。
「おめさ呼んだのは、こればやってもらう為だで」
お爺さんが扉を開けて中に入ると、そこにはなんとも大きな釜が設置されていました。しかも、その釜の下では炎が燃え盛り、近くに上半身裸で汗をかいている人がいます。
「まさか・・・」
「そのまさがだす。川がらこの釜まで水ば引いで、沸がして露天風呂さ入れでるんだや。依頼しだ仕事は、この釜の水ば魔法で温めるってごどだ」
僕は開いた口が塞がりませんでした。いくら営業を止めたくないからって、こんな大がかりなものを作るなんて。
「色々試しだんだども、湯の加減が難しぐてな。魔法でやるのがいい塩梅になるんだや。おめで三人目だで、順々でお願いするだや。休みの時は温泉入っていいがらよ」
「はあ・・・」
「ああ、それと」
言い忘れたことがあるのか、お爺さんが少しだけ怖い顔になります。
「このごとは内緒だど。人さ漏らしたら・・・ そのもじゃ髪ばむしってやるがらな」
最後は語気を強めて僕の髪を見据えてきたので、僕は思わず頭をかばいます。だって、例えチリチリであっても大事な髪ですから。
「絶対、他言しません」
機密保持の契約書にもサインし、早速仕事に取りかかりました。
実際にやってみると、思ったよりも火力の調整が難しいですね。
温度計に引かれたライン内に収めるためには、弱すぎず強すぎずに魔法を長時間放つ必要がありました。
「結構難しいですね、これ」
「最初はそうかもね。ま、そのうち慣れるよ。魔法の修行になるって思えばいいんじゃないかな」
上半身裸で説明してくれた先輩は見事なチリチリヘアーで、親近感がわいてきました。
なぜ、上半身が裸であるかと言いますと、この場所は小さな換気口があるぐらいでほぼ密閉空間。そこで湯を沸かしてるのでもの凄く蒸し暑いのです。
少しやっただけで、炎と湿気のせいで髪の毛がすごいことになっています。
それでも引き受けた以上はやらねばならない、と黙々と作業を続けるのでした。
つづく