【短編小説】会社員物語:スタンプラリー奮闘記
トントン
一人の中堅社員が印刷された紙を丁寧に揃え、クリップで挟む。彼の顔色は心なしか優れないように見える。
(ふう・・・ さあて、スタンプラリーだな)
彼がそう揶揄したのは、今印刷した生産設備の廃棄稟議書の承認印をもらう作業だ。
今回の資料は合議を必要とする関係部門が多く、必然捺印の数が多くなる。
様々な部署を巡ることから、現場社員の間では『スタンプラリー』と呼ばれていた。
■総務部 安全課
別の建屋へと歩いていき、その中にある総務の部署を訪れると彼はびっくり仰天する。
なんと、行列が出来ているではありませんか!
思わず最後尾にいた男性に話しかける。
「あの~、この行列って捺印の?」
「ええ、そうですよ。今は総務の確認が必要な書類が多いですからね」
そう言って、男性は気にする風でもなくスマホを見始める。
(慣れてるな、こいつ。さてはプロだな)
感心しつつ自分も並ぶ。ふと気づくと、既に自分の後ろには3人追加されていた。
(人気ラーメン店か!)
思わず心の中で叫ぶが、文句を言っても仕方がないので待つ事30分。
最後の方はトイレを我慢しながらも待ち続け、そのせいで説明はつい早口になったが一つ目のハンコを無事ゲットできた。
(次は行列とかないよな)
そんな淡い期待を抱き、次の目的地へと向かった。
■総務部 環境課
彼の期待は見事に打ち砕かれる。先ほどの比ではないぐらいの行列が出来ているではないですか! しかも、
『最後尾はここ。約1時間待ち』
と書かれたプラカードを持った案内人までいた。
それでもハンコは必要なため大人しく並んでいると、たまに自分の脇を通り抜けていく輩がいる。その先を目線で追っていくと、なんと列に割り込む形でハンコをもらっていた。
「な、なんですか、あれ!?」
思わず指をさし、プラカードを持ったおっさんに話しかける。
「ああ、あれですか。あの人、ファストパスを持ってるんですよ」
「ファ、ファストパス!?」
「ええ。緊急案件の時にはいちいち並んでられませんからね。そういう時用に特別に発行されるんですよ」
という驚きの回答であった。
(ディ〇ニーランドか! ・・・でも、そんなモノがあるのなら、俺も欲しい!)
そうして待つこと1時間強。
書類を見せ説明すると特に何を聞かれる訳でもなく、あっさりとハンコをくれた。1時間以上待って、作業は1分もなし。
(なんだか病院の診察を思い出すな・・・)
やるせない気持ちになったが、それでも二つ目のハンコをゲット。次の場所へと向かうのであった。
■経理部
ここは行列は発生しておらず、部長の代理としてハンコを持った女性社員が対応してくれた。説明し、それに対して質問を受けてはまた答えるという事を何度か繰り返すと、ハンコを頂く事が出来た。
これで三つ目。ゴールが近づいたせいか、思わず顔に笑みを浮かべてしまう。すると、ここで女性社員が聞き慣れない事を尋ねてきた。
「ポイントカードは持ってますか?」
「は? ポイントカード?」
「ええ、稟議の額に応じてポイントがもらえるんです。決済額100万につき1ポイントもらえまして、50ポイント溜まると、あのファストパスが1枚もらえるんです。お作りしますか?」
(なんと! そんな制度があったとは!)
『ファストパス』の単語を聞いた彼は、
「ぜひお願いします」
と、二つ返事でポイントカードを作ってもらうのだった。
今回もらったポイントは5ポイント。あと45ポイント溜まれば、とウキウキした反面、
(それまでは、あの行列に並ぶってことか・・・)
先程の行列を思い出してうんざりしする。
出来れば、もう稟議など関わりたくないと願うのであった。
■生産管理部
そしていよいよ最難関の生産管理にやってきた。なぜ最難関かと言えば、ここの部長はとにかく席におらず捕まらないことで有名なのだ。
おまけに、ここ生産管理部の場所は自分の部署から遠く離れた所にあり、歩いて片道10分はかかる。
(頼む! 居てくれよ!)
そう祈りながら向かったが、案の定会議中で不在。仕方ないとその日は諦めるのであった。
翌日。
まずは朝一で向かうも、運悪く遅れて出社とのことで失敗。
次は予定表を確認し、空いている時間帯を見計らって行くも会議が長引いたとかで失敗。
それならと人を適当に捕まえ、戻ってきたら連絡して欲しいと伝え一旦戻る。すると戻った直後に電話が鳴り、急ぎ向かうもちょうど次の会議に入ったと言われ、またも失敗。
(すれ違いか・・・ ラブストーリーじゃないんだよぉ!)
心の中で雄叫びをあげた。
そして今度こそはと本人に直接電話する。
「おう。それなら今なら時間あるが」
答えを聞くや否や、早足で向かうもそこにはあの人はいなかった・・・。
「あ、急な用事だとかでさっき出ていっちゃいました」
若い社員にそう告げられ、彼は部長に若干の殺意を覚えた。
自分の部署への帰り道、
(堪えるんだ、俺! そう、これは神が俺に課した試練なのだ!)
そう自分を慰め、気分を変えようと某アニメの歌詞を変えて口ずさむ。
『や~まを飛~び~、谷を越え~♪ スタンプもらいにやってきた~、いっぱんしゃいんがやってきた~♬』
(今の気分はまさしく忍び。堪え『忍ぶ』のだ! にんに~ん!)
なんだか変に楽しくなってきた自分がいた。
そうして何回目かは忘れたが、定時後に向かったところで部長が席にいるところを発見!探し求めていた珍獣を見つけたような気分になり、嬉し涙が出そうになるのを堪え、彼は無事ハンコをゲット。
ついにスタンプラリーを完成させたのであった。
『チャラララ、チャラララン♪』
頭の中では、ドラ〇エで重要アイテムをゲットした時のあのメロディが鳴り響いていた。
戻り道、彼は休憩所に立ち寄る。
歩き回って疲れた体を癒す為に、自販機で『しるこ缶』のボタンを押す。
それを片手にすっかり暗くなった外を眺めながら、いつも携帯している歩数計を取り出した。
『31,500歩。頑張り過ぎだよ♡』
歩数計には今日歩いた歩数と一緒に、変なドット絵のキャラクターと癒されるコメントが表示されていた。彼はしるこ缶をちびちびと飲みながらその表示を眺め、
(ふう~、運動の後は甘いものに限るぜ・・・)
一人感慨にふけるのであった。
翌日完成した稟議書を提出し、別の仕事をしていると携帯が鳴りだした。
覚えのない番号に首を傾げながらも彼は電話に出る。
「もしもし」
「私、稟議書の担当のものですが」
そういえば近日中に稟議書類と送るとメールしていた事を思い出す。
「ああ、朝一で書類を送りましたよ」
「はい、受け取りました。それで、その稟議書を確認したのですが、金額が間違っていまして・・・」
「ええ“!!」
「複数案件廃棄されますよね? 詳細欄にある個別の金額を合計した結果が記載された総計と2円違っています」
そんな馬鹿な! 彼はすぐさま元の計算ファイルを開いて確認する。
すると、個別案件の丸め誤差が積み重なったせいで確かに2円違っていた。
「あの・・・ そうすると稟議書は・・・」
彼は今にも消え入りそうな声で尋ねる。
「はい、やり直しです」
そんな無常の一言の後、電話は切られた。
(・・・・・・)
そうして2円違いを修正するため、スタンプラリーの旅が再び始まるのであった。
ドンマイ! この経験がいつか役に立つさ! 生産技術者!
おわり