
【長編小説】二人、江戸を翔ける! 3話目:あの人のことが知りたくて④
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
おせん:迷子になっていたところを凛に保護された女の子。
■本文
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その後ほどなくして、おせんの親が見つかった。
おせんは隅子町の貸本屋の娘で、用事で父親と一緒に出かけた時にはぐれてしまったらしい。
あちこち探し回ったが見つからず、途方に暮れたところに藤兵衛が迷子石に掲載した情報を見て辿りついたとのことだった。
しかしながら、その人物がおせんの父親であるとの確証がまだ無いことから、藤兵衛と凛がおせんを伴って顔合わせに出かけることになった。
「よかったね~、おせんちゃん。お父ちゃんが見つかって」
「うん」
凛の言葉におせんは嬉しそうにうなずく。
元気そうな素振りを見せていたが、やはり親元に帰れるのは格別なのだろう。
「しかし、隅子町とはちょっと驚いたな。ここからだとかなり遠いじゃないか」
「そうよね。大人でも半日かかるぐらいの距離だもん」
隅子町は凛たちが住む神田とはかなり距離があり、とてもこんな幼い子がふらふらと出かけられる距離ではなかった。
「もしかすると、船でも使ったのかもね・・・。 っと、小腹も空いてきましたし、あそこで何か買っていきましょ」
行商のお菓子屋を呼び止め、藤兵衛と凛は何にしようかと、ついついそちらに気を取られてしまう。それはほんの少しの間であった。
「おせんちゃんはどれにする? おせん・・・ !!」
凛が振り返ると、そこにいるはずのおせんがいなかった。
「と、と、藤兵衛さん! おせんちゃんがいない!」
「え、なんだって!?」
凛が慌てふためいていると、藤兵衛はおせんを抱えて走り去っていく男を見つけた。
「あ、あれだ! 追いかけるぞ!」
すぐさま二人は、男を追いかけていった。
「よっしゃ。なかなかええのを攫えたで」
このおせんを抱えている男、人さらいを生業にしているとんでもない奴で、藤兵衛と凛がお菓子選びに気を取られた隙に、あっという間におせんを攫ったのだった。
思いがけない成果に喜んでいたのも束の間、ちらりと後ろを振り返ると男と少女が猛追してくるので驚いた。
「な、なんじゃあいつら!?」
男は足の速さには自信があり、速度を上げたがそれでも二人組は徐々に差をつめてくる。
「ちっ、しつっこい奴らじゃのう」
こうなったら、と船着き場から今まさに出ようとしている舟を見つけ、男はこれに飛び移ろうとする。
「やばい! 藤兵衛さん、あいつ舟で逃げる気よ!」
「くそ! こうなったら」
もし船で逃げられたら厄介な事になる。
藤兵衛は近くにあった棒を拾い、逃げる人さらいに向かって勢いよく投げつけた。
投げた豪速球(棒)は人さらいに見事命中! とはならず、船頭の後頭部に直撃しその場に崩れ落ちてしまう。
「あ、あれ? (汗)」
狙いは外れたが人さらいは逃げる手段を失い、結果的に藤兵衛たちはおせんを無事取り戻す事が出来たのだった。
余談だが、捕まった人さらいはフルボッコにされた(主に凛に)のは言うまでもない。
その後は駆け付けた町役人に人さらいを引き渡し、船頭にも謝罪をし、一行は隅子町までの旅路を再開する。
「ちょっと手違いがあったけど、まあいいか」
「いやいや、下手したら藤兵衛さんが番屋に連れてかれるところだったんだから。あの役人さんも船頭さんもいい人だったから良かったけど。でも、まさか外すなんてね」
「う~ん、制球(棒)には自信があったんだけど。やっぱ昼だと調子が出ないのかな」
道中、凛にツッコまれたが藤兵衛は適当にごまかしていた。
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そして無事、おせんの親元へ到着する。
「おお、おせん! おせんだ! 無事だったんだね。よかった!」
「うん、ごめんね、父ちゃん。でも、凛姉ちゃんと藤兄ちゃんが良くしてくれたの」
お互いに無事を確かめるように抱きしめ、再開を喜び合う父と娘。それを見て凛は目をウルウルさせていた。やがて、おせんの父が二人の前で頭を下げる。
「この度は誠にありがとうございます。仕入れの際に娘と一緒に出掛けたのですが、ちょっと目を離した隙にはぐれてしまい・・・ 何とお礼を申せばよいのか」
「いえいえ、いいんですよ、当然の事をしただけですから」
「いずれそちらのお店に改めてお礼に伺います。しかしながら、お二人には特にお世話になったご様子。お礼と言ってはなんですが、私、貸本屋の商いをしております。そこで、店にある本を幾つか差し上げたいのですが如何でしょうか?」
このように言われると、断る方が難しい。そのため、好意を素直に受ける事にした。
店の中に入るといつも通っている店よりも広く、いざ選ぶとなるとなかなか大変であった。藤兵衛があれこれ悩んでいると、ある本が目に飛び込んでくる。
『ゑ・論語』
以前、藤兵衛が買おうか迷っていた春画本である。
すぐさまそれにしようとしたが、今は凛が向かい側で物色中であった。
さすがにこの状況で春画本を選ぶのは恥ずかしい。でも、これにしたい。
葛藤の中、藤兵衛が取った行動は・・・
「じゃあ、この三冊をお願いしてもいいですか?」
差し出す三冊は、上下に難しそうな本、真ん中にあの春画本の構成であった。
『秘技・三度一致』
いつの時代も小心の男がやる事は似たようなものである。
おずおずと差し出したが、おせんの父は、
「ええ、構いませんよ」
と、全てわかっているかのような笑顔で気付かぬ振りをしてくれたのであった。
「藤兵衛さんは何にしたの?」
(うおっ!)
凛にいきなり後ろから覗き込まれ、思わず藤兵衛はドキッとする。
「あ、なんだか難しそうな本・・・ すごい」
こうも感心されると何だか背中がむず痒くなってくる。
「そっちは何にしたんだ?」
「私は、これかな」
注意をそらそうと聞き返すと、凛は『絵草紙』と呼ばれる、文章よりも絵が多い女性に人気のジャンルの本を見せる。
「字が多い本にしようかなと思ったけど、いきなりは難しいから。まずはこういうのからにしようと思って」
「なるほどね。いいんじゃないか」
そうして二人はお礼の本を頂き、帰路につく。
「じゃあね、おせんちゃん。また、会おうね」
「うん! 凛姉ちゃんも、藤兄ちゃんも元気でね!」
帰り際におせんと挨拶を交わすと、おせんは少しだけ寂しそうな顔で二人を見送ったのだった。
つづく