「ママ、僕おもくない?」
5歳の息子くんが熱を出した。
朝、園バスで送り出すまではとても元気だったのに。
朝ごはんもしっかり食べて、便も健康的で、
いつも通り朝からふざけたり、見えない敵と戦っていたし、
検温結果も平熱だった。
(コロナ禍で導入されていた健康観察カードは今月から廃止されたものの、
検温の習慣はすっかり日常に組み込まれていた。)
「ママー!!いってきまぁぁぁす!!!!」
「いってらっしゃ~い!!!」
明るく元気な挨拶を交わし、息子を乗せたバスを見送ると、
私は仕事へと向かった。
それから2時間後。
幼稚園から電話がかかってきた。
(この時間に電話ってことは、体調か、怪我かな…)
長女から数えたら9年目の幼稚園。
だいたいの予想はつくようになっていた。
着信が来た時も、冷静なままだった。
予想は的中。
今回は発熱だった。
2時間前まで、あれだけ元気だったのに、
こどもの体調は本当に急変する。
子育ては、どうしたって臨機応変に対応する場面が増える。
急変することや、イレギュラーな出来事が起こることが
日常茶飯事であるからこそ、親側も耐性が出来ていくと思う。
「あー…。もうちょっと仕事したかったけど…。」
という気持ちはありつつも、数秒後には気持ちを切り替えて
その後の流れ(だいたい3日後くらいまで)を一気に考え出す。
でも、まずは体調不良の息子くんをお迎えに行くことが先だ。
私の仕事は、車で移動しながら顧客宅を回るのだが、
たまたま園の近くだったので、すぐに迎えに行った。
息子くんの二重まぶたは、いつにも増してくっきり二重になっていた。
とろんとした瞳で「マーマ…。」と
両手を伸ばしてきた。
園の荷物を左肩と手に全て持ち、彼を抱っこした。
先生に御礼と挨拶をして、車へ向かった。
すると、息子くんが
「ママ…。僕、重くない?大丈夫?」
と私の耳元でささやいた。
「んー。うん。大きくなったよね。でも大丈夫だよ。
ママに寄りかかっていいよ?」
私が声掛けしながら彼の背中をさすると、安心したかのように、
自分の身をゆだねて、もたれかかってきた。
たしかに、17キロの息子を抱っこするのが、
なかなか重くなってきたのは事実だ。
さらに、両手に荷物も持つとなると、
普段なら「歩こう!」と声を掛けていただろう。
そういう時は、
「えー!!歩くのぉ?抱っこが良かったなぁ~。」
と不満そうに口をとがらせることもあるのに。
時には、その場に座り込んで、
抱っこせざるを得ない状況を作ることもあるのに。
38度の熱がある中で、息子くんは、
自分の重さがママに負担をかけていないかと気にかけてくれたのだ。
正直、発熱した息子を抱っこしながら、
脳内では仕事や今後の予定のことを考え始めていた。
その中で、ママのことを心配してくれた息子くんの言葉にハッとした。
「ママ、おうち着いたら僕ユーチューブ見てるから、お仕事行ってきていいよ?」
私の肩にもたれかかっている息子くんは、火照っていた。
温もりではなく、明らかに熱を帯びていた。
「あぁ…。お仕事は平気。心配してくれてありがとう。今日は〇〇くんといるから安心してね。」
「うん…。」
息子くんは元気のない声であいづちを打つと、
私の背中を3回さすってくれた。
帰宅してからも、息子くんはいつもと様子が違っていた。
甘えん坊で、感情的で、理不尽なわがままを言うことも多いのに、
今日は気遣い屋さんになっていた。
いつもなら
「マーマ!僕ひとりで遊べないよぉ!!ねぇ、遊ぼうっ!!!」
と、洗い物してる手を止めに来てまで、
かまってちゃんを発動させるのに。
「ママ…?僕の隣にずっと居なくていいよ。おうちのこと、やってていいよ。」
リビングに敷いた布団で添い寝をした私に、
彼は背中を向けたまま呟いた。
「え?あぁ…。ありがとね。もしかして…隣にいると寝れない?ひとりのがいい?」
気遣いなのか、本当は1人で寝たかったのか、定かではなかった。
「うーん。ママいてもいいけど、ママが大変になっちゃうのはやだなぁって。ママも眠い?疲れた?」
(本当は、いろんな想いを抱きながら過ごしているんだなぁ。)
息子くんの優しさや気遣いに、目頭が熱くなった。
「ふふふ。優しいじゃ~ん!!!ママも本当はね、今日お腹痛い日だったの。お仕事つらいなぁって思ってたから。〇〇くんのおかげで横になれたよ。ありがとう。一緒にゆっくり休もう。」
背を向けたままの息子くんを後ろから抱きしめて、
私もそのまま眠りについた。
実際に、私も朝から体がしんどかったのだ。
あまり月のリズムに心身とも左右されない体質ではあるものの、
年に数回、ものすごくしんどい時が訪れる。
本当は血の気が引いてフラフラっと貧血気味になるのだが、
仕事も家事も休んだことは今まで1度もなかった。
(これくらいで、休んでられない!!!!)
ただ、この日は初めて、体を休めることができた。
気遣う息子くんに向けて答えた言葉は、本音だったのだ。
(息子の発熱のためなら休める仕事も、
自分の体調不良では休めないんだよね。
でも、息子くんは、ママのこと心配してくれてたんだよね。
元気でいなくちゃなぁ…。)
ぼんやりとそんなことを考えながら、息子くんの髪を撫でていた。
翌朝。
リビングへ続く階段の上段で息子くんがぼやいていた。
「あーあ。だーれも抱っこしてくれないのかぁ。」
いつもの息子くんに戻っていた。
すでに1階で洗い物をしていた私は、ニヤニヤしながら階段をのぼった。
「あれ~?今日も抱っこですか?」
息子くんは、これでもか!ってほどに口をとんがらせて
「じゃあ、いいよっ!!!抱っこしたくないんでしょ!!!」
と怒り始めた。
「え~?抱っこして欲しいんでしょ??」
と首をかしげながら聞くと
「…おんぶでもいいけど?」
と妥協案を提案してきた。(可愛いな、おい。)
「はいっ!!!」
おんぶしていいよ!という姿勢をとると、
「ちょっと重いけどねっ。乗りま~す。」
と言いながら、がっつり乗ってきた。
私はこういう日常のやりとりが大好きだ。
(※もちろん余裕なくてこんな風に出来ない時もある。)
「よぉぉし!出発、進行~!!!」
息子くんをおぶりながら、階段を下りた。
「ママ~…。僕、重いよねぇ?」
「う~ん。重いなぁ…。降りるかい?」
「ううん!降りないっ!!!」
この重さも、この会話も、
いつかは忘れてしまうから。
ここにそっと、残しておこう。
息子くんの気遣いや、私の本音も。
日常の中からたくさんの感情を味わいたい。
味わった感情は、文章で綴っていきたい。
(今日も読んでくれたあなたへ。ありがとう。)