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それ以上、私に優しくしないで

なぜ馬鹿正直に話してしまったのだろう。

嘘をついてでも伝えれば良かった。

あなたが望むような、私にはなれないことを。


キンコンカンコーンと、12時を告げるチャイムがオフィスに鳴り響く。

私は、冷凍食品と冷凍ご飯を詰め込んだお弁当箱を電子レンジに放り込む。
次に使いたい人が1秒でも早く使えるように、自分の昼休憩を1秒でも長くするために、勤務時間内で一番スピーディーな動きをする。

小さな湯気が立ち昇るお弁当箱とスマホを持ち、自席に戻らず、いつものオープンスペースへ向かう。
無機質な長机が4台あり、私はいつも通り一番右側の窓際席に腰掛ける。
休憩時間の1時間の内、45分の至福の時をオープンスペースで過ごす。

本を読んだり、noteの下書きを書いたり、自分だけの時間を過ごし、45分が経過。
残り15分になり、自席へ戻るために立ち上がる。

オープンスペースから自席に戻るまでの道のりを歩くと、待っている人が居る。

「この前お渡ししたパンフレットはいかがでしたか?」
と元気よく、マスク越しでもわかるお上品な笑顔で、生命保険会社のお姉さんは言う。

今日は居る日だったのか。

本音を漏らしたいが、漏らせない私。

「つみたてNISAはやっているけど、iDeCoはやっていません。」
入社したばかりのある日、馬鹿正直に伝えてしまった。
嘘でも「つみたてNISAも、iDeCoも、個人年金保険も、全部やっているので結構です。」と伝えれば良かった。お姉さんが望むような関係にはなれない。
私は一切、御社と契約する気はないのだから。

冷徹な私になった方が、お姉さんのためになることは分かっている。私は前職、金融機関の窓口で働いていた。思わせぶりなお客様より、「セールスNG」と日報に書けるような見込みゼロのお客様の方が、上司への報告が楽なのだ。

ただ、仕事やお姉さんの事情を知っているからこそ、冷たくできない。
おそらく帰社後のお姉さんは、上司へ報告するための日報を書き、お客様との会話を顧客管理システムに記録し、商品別に試算を出し、次回お客様にお渡しするパンフレットと粗品を用意する。
そして、弊社担当の笑顔がお上品なお姉さんは、小さなお子さんがいる。退勤後にお迎えに向かうはずだ。

金融保険業界の事情を知らなければ。お姉さん個人のことを知らないければ。断った瞬間に舌打ちするような嫌なお姉さんであれば。冷たくあしらうことが出来るのに。

お姉さんは、私の誕生日にはメッセージを下さり、ハロウィンにはお菓子を渡してくれる。私の好きなキャラクターを知ると、キャラクター付きのファイルをプレゼントしてくれ、コロナに罹患し復帰すると、労いの言葉をかけてくれる。

お姉さんは、私だから優しいわけではない。お客さんとして見込みがあると思われているから、優しく接してくれる。いや、多少の情はあるかもしれない。けれど、お姉さんが私に望んでいる関係は明白である。

お姉さんのお上品な笑顔を見るたびに、胸が苦しくなる。あなたが望むような、私にはなれないのに。

ちょっぴり強引なあなたを拒みたい。

だけど、あなたの笑顔を見るたびに、逆らえなくなる。

こんな私が嫌だ。

それ以上、私に優しくしないで。



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